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2013年私的音楽アルバムランキング [楽理]

 扨て、早いもので今年もこのようなランキングの季節がやって参りました。


 前年である2012年の充実したランキングを繰り広げる事が出来た背景には、音楽ジャンル全般に亙って新譜タイトルの発売が充実した当たり年と言える要素があったのですが、殘念乍ら2013年は前年と比較するととても萎んでしまったかのように思えます。勿論これは私の個人的なCD購買のムラに依る事も大きいのですが、購買欲を高めてくれるほどの目立った新譜が無かった事に加え、単に「2013年、私はこんなアルバムを買いましたよ」というレコメンドならば幾らでも文章を書き連ねる事が可能でありますが、毎年私が繰り広げているこの手のランキングは、私が買った物の羅列ではなく、その中でも秀でた物というものの紹介というのが大前提なのでありまして、その辺を勘違いしてもらっては困る譯であります。


 そんな譯で2013年の気に入ったアルバムのランキングを発表しようと思うのですが、正直言って今年度は尠いです。その中にあってハズレのアルバムは極力尠かったというのも特徴でしたが、その「ハズレ」が逆に例年よりも註視せざるを得なくなってしまったのもあり、今回は特別に「失望した」アルバム(米国が日本に失望した、というアレに掛けております)も取り上げる事にします(笑)。



 んなワケで2013年のガッカリしたアルバムはクラウス・シュルツェ「Shadowlands」であります。Schulze_Shadowlands_s.jpg

 クラウス・シュルツェなんて知らねーよ、なんて言う人もいるかもしれませんが、死ぬ前までに孰れは耳にしてみて下さい。アシュ・ラ・テンペルとかですね。そうした處の過去の作品の素晴しさを是非とも耳にしてほしいのでありますが、最近ではどうも宅録系統の惰性に揺さぶりがかかっておらぬだけの様な単なる長尺CD2枚組アルバムとなってしまっていて殘念です。私の知人の中には本アルバムを良作品と位置付ける者も何人か居たりするのでありますが、私の好みから言わせてもらえば作品の調的なコントラストが強過ぎて「次」の脈が直ぐに見えて来そうな處を私は忌避したくなるんですね。ですからこういう評価になるワケです。ただ、シンセをふんだん駆使して音場もかなり緻密に作っているとは思いますので、BGMには十二分に機能してくれるとは思います。私の「ガッカリ」というのも或る意味表裏一体ではありますので、何のコメントもしなかったり唾棄したくなる様な音楽と比ぶれば全然違うという事だけはお解りいただければ是幸いでございます。



 扨て、ではお気に入りの方のランキングから行きますが、先ずは第3位から行っちゃいます(笑)。


第3位 「ザ・ブルー・ルーム」/マデリン・ペルー

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 ラリー・クラインがプロデュースとして戻って来ますが、過去のそれとは異なり今回はウォルター・ベッカーの名前はありません。とはいえディーン・パークスの名前があったりもしますが、イナタさよりも実にじんわりと温かい輻射を感じ取らせるように唄心ある優しい調的な情感をたっぷりと聴かせて呉れますが、テンポは総じて遅めの物が多く、これはおそらく夜の寛ぎや夜伽(夜の嗜みの意味)、あるいは酒やドラッグにドップリと浸って音楽という磊落に難しさを求めたくないような方への「優しさ」なのではないかと思います。そういう意味で作品の多くはボーカル・トラックとは異なり、背景のアンサンブルは遠鳴り感のする残響が付加されているのに歌部分はやたらと至近距離で聴こえて来るような絶妙な音像の作りがあったりします。

 
 残響を嫌う傾向がある人からすると、意外に深く感じるその残響に違和を覚えるかもしれませんが、この残響と遅めのテンポは計算づくなのですね。「寛ぎ」の為の。聴き手の側に起こっている「日常」を邪魔しない為の工夫と優しさなのですが、歌詞には暗喩がふんだんに鏤められていて、この歌詞に対する聴き手が映ずる「同調と反抗」のコントラストが胸と心に突き刺す様に入って来るのです。
 暗喩の代名詞といえば井上陽水の歌詞は壮絶な世界観があったりするものですが、死生観や倫理観という箍を外してしまった人間のやるせなさなどが特に「氷の世界」では描かれている様に、歌詞というのは子供が大人の言葉をそのまま感じてしまうように捉えるばかりではなく「暗喩」を愉しむ為の表現が備える必要性もあったりするのですが、私など歌詞など殆ど無頓着に感じてしまうようなリスナーにも「暗喩」が跳び込んで来るようにするには、音楽の音像には「間」が必要なのですね。空気感。それが絶妙に表現されているという事で、虚無感と対にある残響という彩りのコントラストを感じつつ歌詞に目を(耳を)向けると、重みづけされた表現がズシリと心に届きます。そういう作品ですね。日本盤には11曲目にボーナス・トラックがあります。私はいつも日本盤欲しさに待たされるクチだったりもします(笑)。



第2位 「Without A Net」/ウェイン・ショーター
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 第2位というのが意外でしょうか!?(笑)。私なら1位にしてもおかしくはないのですがその理由は後に詳述する事にしましょう。来たる2014年1月にはCD再発(リマスター)にて「オデッセイ・オブ・イスカ」の発売が決まったワケですが、そんなショーター先生のアルバム新作が2013年初っ端から届けられたのは非常に良いニュースでした。嘗ては私もブログで感想を述べた様に、ショーター節は健在であると同時にジョン・パティトゥッチのプレイにもついつい目を細めてしまっている譯ですが、ショーター御大の本位十一度が何の為に存在するものなのか、それは亦孰れ詳しく詳悉に語る予定です。



第1位 「Lifesigns」/ライフサインズ
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 2013年度はこのアルバムを入れてあげなければダメでしょ、と言わんばかり。茲迄注目してあげなければ何時注目するの!?と言いたい位です。私の周囲では、音そのものがアナクロニカルでもなくヴィンテージ風でもなく、イット・バイツや90125イエスやらの音作りが所謂「新しモノ」系な音として聴いてしまうのでチープ感が否めないとかそういう聲は散々耳にしましたが、その手の連中に共通しているのは、和声を拾ってこれない程度の聴取能力しか持っておりません。和声を拾って来れる様な耳をしていれば、彼らの様な素晴しいコードを使っているのを聴き逃す筈は無いからです。 
 プログレ好きを自称している者とてヘッポコな連中は結構居たりしますからねー、そういう輩の聲には騙されて欲しくないものです。

 以前にも語った事ですが、例えばマイナー・キーに於て「Im7 -> ♭VI7 (on IV)という、つまり2つ目のコードはマイナー・セブンス・コードに短九度が付加されるメディアント9thと同じ構成音なのですが、現今のメディアント9thをチック・コリア以外の人でブルージィーに使いこなす人ってコレだけでも評価されるべき事ですよ。AマイナーのキーだとしたらAm7→F7/Dなワケですが、Aマイナー・キー上で減五度であるE♭の音を得乍らも四度進行(ツーファイヴ進行)の繰り返しで上声部F7のドミナントは非解決させるという一連の進行はドミナント7thが次に解決する為の物とは異なるモーダルな方法の為の非解決の循環の様式の一つ(現今の)であるワケですが、これを忍ばせているだけでも充分です。他にも素晴しいポリ・コードが次から次へと現れるという、もっと知名度のある人達がこの和声感を演出していたらもっと評価されていた事でしょう。悲しいかな一般的知名度の低さが禍いしているだけで、こうした高次の素晴しい作品をきちんと評価できない風潮は是正されるべきでありましょう。唾棄したくなる様な音楽が売れてしまうような、そんなポピュラー音楽すら衰退する今だからこそ不当に扱われてしまうような作品を正当に評価できる環境に生まれ変わってほしいと思うばかりです。



 そして、今回は番外篇CDとして「サザエさん音楽大全」を挙げておこうと思います。
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 コチラは正式に言えば「初CD化」と銘打った方が宜しいのでありまして、レコード時代から久しくタイトル化されておらず今回の「CD化」に依ってアナログ盤には収録されていなかった作品が目白押しとなったモノで、そう考えれば新譜では無いのでありますが、CD化を望む声が多くとも版権など著作物として取り扱いの厳しいサザエさんコンテンツが漸くこうしてCD化を果たせたのは大きなニュースだったと思うので敢えて「番外編」として態々取扱うほどの価値がある物と思い、今回あらためて取り上げる事に。近い内に「サザエさん音楽大全」専用のブログ記事を詳悉に語る予定ですので非常にコアなネタの詳述は茲では出来ないのが殘念ですが、まあiPodに取り込んでみてサザエさんのサントラをいざ聴いてみると、これまでサザエさんの音楽は家に居るという事がデフォルトであり、車の中でテレビを見ようとも、車内で小さい子供がよっぽど見たいという限定的なシーンでなければ車内ですらサザエさんを試聴する機会はそうそう無かったものですから、外で歩いていたりする時にランダム再生で流れて来るサザエさんのサントラのその違和感といったら凄いコントラストの違いを實感しております(笑)。晩ご飯の支度とか、お茶の間で寛いでいるような感覚で、それこそ素っ裸で外に放り出されてしまっているかのような感覚にすら置換されてしまうくらい、外でサザエさんを聴くのは違和感を覚えます。

 旧東芝であるEMIという国内レコード会社も今やユニヴァーサルと合併したのは記憶に新しく、こうした組織の刷新が従来のCD化企画が後押ししたモノなのか、それとも、所謂「ガラケー」と呼ばれるフィーチャー・フォンの市場規模縮小(今迄フジテレビ専用サイトでの特定サントラ用楽曲の着信音販売はあった)がCD化の後押しになったのか理由は定かではありませんが、待ち望まれていたであろうCDが、この手のアニメサントラというジャンルですら上位にランキングされるという事実を履き違えてしまう様な担当者は、これを期に凡ゆるサブカル・コンテンツを世に送り出そうと画策するでしょうが、世間が望んでいるのはそうではないという事を踏まえつつ、アニメコンテンツでもこうしてニーズがあるという事を知れば、ニッチと言われるジャンルの中にも寶は沢山あるのだという事を企画担当者はあらためて知って欲しいと願うばかり。そうしたニッチなコンテンツの中にプログレも含まれたりするのでありますからね。

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