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六度音程という《方角》の指すものは!? [楽理]

 先の青島広志著『究極の楽典』で述べられている事。つまり、協和音に解決する為の不協和音はドミナントという役割になるというのは、不協和が協和的に安定&解決したいが為の動きが「勾配」として表れて弾みを得ているのである事を述べているのです。著書の隠喩の先には、その不協和音の体が必ずしもドミナント7thコードという属七系の体でなくとも不協和音が解決するというドミナント機能は属七系の和音でなくともそれが現われるという事を意味しているのです。


 例えば、過去に私はヒンデミットのコントラバスソナタ第3楽章の特徴的な9声の和音を例に出した事もありましたが、不協和音が9つの音という處まで重畳しく凝集すると(半音階の12音の内9音を使っている例。即ちこれはヘプタトニックの組織も超越しているという事)

 必ずしも属七系の和音=ドミナント7thコードをトニックへ解決しようとする為の和音としてではなく、スケールトニックとして使う変格的な使い方であっても、和声的な勾配が変わるワケではないのです。それが不協和音が協和音に解決する為ならドミナントとして機能する、と述べられている部分が先の著書での重要な一つでありましょう。

 不協和音というのは奇しくもトリトヌス(=三全音)を包含する様になります。それこそ半音階の総合=12平均律全ての音による和音は幾多のトリトヌスを包含している事になります。調的な世界をきちんと構築するには、例えばシェーンベルクとて自著の『対位法入門』では冒頭から二声に依る単純対位法で複合トリトヌスを回避する様註意書きがあるものの、その後のセリエルのシェーンベルクとて体系はきちんと語っているという事をあらためてこうして語っている事を私は引き合いに出しているのです。


 濱瀬元彦が『チャーリー・パーカーの技法』にて15度音程を用いて(2オクターヴという相)俯瞰する理由は、チャーリー・パーカー自身が進行感に乏しかったり既知のツー・ファイヴ進行に「更なる弾み」を付けるために6度音程(relative)な方に脈を見つけてより一層「転がり」感を付けているという事を述べているのであります。また、四度進行に更なる弾みを付けるだけでなく、起伏に富んではいない主旋律に対して態と和声面から弾みを付ける意味で、あるコードに対してrelativeに弾みを付ける様な事もあります。

 孰れにせよそれは、ヘプタトニックという7音組織の音たちをトランプのカードをシャッフルするように揺さぶりをかけるもので、トランプをシャッフルする前という状態はそれら単体では「平衡状態」であります。これに弾みを付けるとトニック、サブドミナント、ドミナントという各和音機能の「上音への取り込み」という力が作用する事で四度進行という形が明確になり調的な横の動きへと弾みが付くという事を述べているのであります。六度への置換(relativeな方向)はさらにこの弾みに弾みを付けたり、Dm7→G7というツーファイヴ過程に於てDm7部分をこっぴどく勾配を付けるとなるとrelativeな方向へチャーリー・パーカーは弾みを付ける、という事を述べているのであります。都度現われる和音の根音はルートであり15度音であるという事。すなわちそれを6度上行(3度下)へと弾みを付けていくと、トランプをシャッフルするかのように13度→11度→9→7→5→3→1という風にrelativeな方角として「細分化」させられるという理解が必要となる訳です。


 例えば日野皓正のアルバム「New York Times」収録の当時のB面1曲目の「Key Breeze」という曲のキーは変ロ長調(=B♭メジャー)ですが、AメロはサブドミナントであるE♭から入ります。
HinoteruKeyBreeze01.jpg

 メロディそのものはとてもシンプルで「「ミ・ラドー♪ ソー♪ ミ・ラドー♪ レー♪」という風に図の歴時で示すのが精一杯なのですが(笑)、前述の階名で唱っている様にメロディそのものは音数は尠くシンプルなモノで、本来ならこの一息の旋律に対しては常にサブドミナントの和音、つまりE♭のコードひとつだけで済みそうなものですが、日野皓正はまさにジャズの真骨頂とも言えるコード・プログレッションにてハーモナイズさせて来ます。それが次の例です。
HinoteruKeyBreeze02.jpg


 最初の1小節は本来ならE♭のままでも構わないのでありますが、和声的に揺さぶりを掛けて来ます。コード譜が示す様に、Fm7→D7(#9、♭13)というそれを確認すればこれらがrelative(6度方向)への脈として和声感を拡張させている事がお判りになるでしょう。しかも茲に現われたD7(#9、♭13)は、次に解決する事はない寸止めのオルタードなドミナント7thコードであります。和声的な揺さぶりというのはこうした世界観としてきちんと存在しているのであります。

 日野皓正の此の曲がそうである様に(6度変換を用いている)という事は6度変換を「戻す」かの様に四度進行へと変換をさせた脈を見付ける事も可能ではあるのです。そうするとD7(#9、♭13)に対してのディグリーIIとなる和音を探す事となり、四度進行に置換させた考えを導入するなら自ずとAm7を想起する事となります。しかし主旋律がB♭音に動く事を考えるとその音に対してAm7を充てるのは短九度を形成していてこの場合は忌避すべきメディアント9thの和声感を生んでしまいます。忌避しない歓迎すべきメディアント9thは、チック・コリア・エレクトリック・バンドやライフサインズが使っていた様に、メディアント9thという構成と同じではあるものの、実際にはブルージィーな音を得る為の便宜的な同一な音であり、現今の「正しい」メディアント9thは長音階のディグリー表記に倣えば「IV7 on ♭VI」という風に幹音の調域で言えば「D7 on F in Am」という使い方が正しいメディアント9thだと以前にも述べた通りです。NYT_Hinoteru.jpg

 主旋律の存在を鑑みれば、先の日野皓正の曲では四度進行に戻せないという事でもあります。勿論主旋律の存在がなく「編曲」という脈を視野に入れた場合はその限りではありません。


 今茲で重要なのはヘプタトニック社会組織において調性外の音を得る事ではなく、通常なら平準化しているヘプタトニック社会の和声的動きに対して「揺さぶり」をかけるという、つまり調的な勾配を付けるという事が重要な理解ですので、あらためて「勾配」という風な揺さぶりをかけるという事がどういう事なのかお判りになったかと思います。


 そうしてヘプタトニックの社会を遵守しようとも、共鳴的に近しい調域の音を頼りに調性外の音の脈というものは遭遇しやすいモノです。ハ長調/イ短調という調域で喩えるならばfis音の出現がまさにそれです(つづく)。

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