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ヘプタトニック跳越の欲求 [楽理]

 注目すべきは、所謂8つ目の階名として生ずる長音階の半オクターヴ部の音《ハ長調ならばfis音への脈》は、属調の導音であるため近親的な音ではあるのです。この音を近親的な調性を利用して使うならば、fis音の脈は仰々しく使えるでしょうが、五度音程の協和的な共鳴の累乗で発展可能なその後の調性外の音というのは實は近い様で遠い脈でもあります。それは最も近しい隣接する調域であるfis音があまりに存在感を強くしているのでその後の脈が稀薄になるのと同様です。


 平均律に於ては純然たる協和的な音程(純正律の時)が純真さを失い、翻って不協和な音程が不協和の度を弱めて美しくなったという事実があります。つまり、共鳴度の高い方向の脈が結果的に使えない程強い脈であるならば、四度方向の脈は逆に強まったという風に考える事も可能なワケです。


 四度音程というのは不協和な音程として括られます。不協和な世界の脈は不協和音の為に使った方がより効果を発揮するの明白です。すなわち、半音階の為の脈は五度音程累乗という協和的な方角を脈として使うよりも、四度音程の累乗を脈に使った方が半音階を容易く得られるというのはこういう事でもあるのです。四度音程累乗の方角を選択したということはすなわち、私がこれまで述べてきた「下方の牽引力」という事と等しいのであります。


 扨て、ジャズの最たる「勾配」はセカンダリー・ドミナントというドミナントのためのドミナントを凡ゆるシーンで利用したりして、調的な弾みが稀薄な横の線に対してもツー・ファイヴ進行に「解体」する事で「勾配」を付けようとして、曲全体を俯瞰した時に結果的に半音階的な世界を網羅しているという目紛しい変化を行なうのがジャズの原点である事を忘れてはなりません。

 そこで、ヘプタトニックを超越した社会つまり8音以上~12音という社会を一挙に見渡そうとすると、3度音程累積型の和音的見渡しでは22度という3オクターヴ目の領域を用いても、それはまだまだ11音目の領域で半音階を網羅していない事が能く判ります。文章だけでは巧く伝わらないでしょうか。次に図を示すことに。


 それを能く示しているのがex.3のエドモン・コステールの「属23の和音」です。
koubai_ex3Costere_Dominant23rd.jpg

 この和音は3度音程累積を用いて「半音階の総合」を目指しているもので、異名同音の重複を避けて態々3度の累積を試みているのは明白です。しかし「23度」という和音の名称が能く示している様に、3オクターヴ目の「相」である22度音程内では半音階を網羅しきれていない事も亦明々白々なのでありますね(3度重畳の和音体系では21度音程で漸く11音目を使う)。つまり、3度の累積の重畳を試みてマルチ・オクターヴの相を見つめても尚、22度内に半音階は網羅して呉れず、半音階という脈の網羅はその先にある領域だという事を示しています。

 ここで意味する「相」の「その先」という言葉の意味は(※3オクターヴ目の相)例えば、根音からスタートして次に現れる1オクターヴ目の「相」が我々はとても用意に認識できる「相」であり、さらにその次の相が15度音程部に現れるという事を意味しての事なので、先の「相」(=フェーズ)ほど縁遠い事がお解りになるかと思います。


 15度音程の相がなぜ少々縁遠いのか!?それは、和音の体として仮に3度累積での和音で15度までを見渡した時、13度音程の時点でヘプタトニックの音組織7つは全て網羅してしまう事となり、是にてトニック、サブドミナント、ドミナントが全て併存してしまうので和音としては調的な勾配を失います(※実際には全方向からの綱引き状態)。一つの和音で凡ゆる機能を持つ和音として響かせるとこれまた響きが混濁してしまうので勾配があったままの体で異なる和音同士を連結させて勾配を生む方が脈として判りやすくなり、調的情緒を実感し乍ら音楽を聴取する人ならば茲まで(15度音程)の領域に広がる空間を意識する必要はないのであります。それ以前の13度音程で全音階の総合として飽和するため、調的情緒を残すなら13度音程まで使う事も稀になりますが、多くの13度の和音は調性外(他調の拝借)を部分的に採り入れて13度音を見渡すのにも註意が必要です。



 扨て、オクターヴという位相において15度音程というのはヘプタトニック組織の網羅を見る事のできる「範囲」だという事がわかりましたが、同様に22度の相まで視野を拡げても3度累積型の和音を用いると、属23の和音が示している様に半音階の総合という姿までは見せてくれません。尠くとも22度音程よりさらに上の相を見る必要が出て来ます。


 つまり、協和的な方向で半音階の相を見渡そうとすると、22度音程以降の相を見付けなくては半音階の総合という訪れはやって来ないのであります。ex.4の図を見れば3度累積に依る22度の相やそれ以降のオクターヴ相という物をあらためてイメージしやすいものでしょう。
ex4MultiOctavePhases.jpg


 しかしこの相を見付ける事も耳の習熟が高まれば容易な事です。

 22度音程以降の相は23度の位置で半音階の総合を見せては呉れますが、その後の29度迄のオクターヴの相までの音の領域は私自身は微分音の為にある脈として用いる事が可能なフェーズだと私は思っております。つまり、半音階を使い果たしたそれ以降の3度音程は、長三度と短三度とは別の音程、すなわちそれは350セントの幅かもしれないし333セントかもしれない、果ては250セントや266セントの「三度」音程なのかもしれません。とまあ、その領域が必ずしも微分音の為に存在しているのではなくとも、半音階を使い果たした以上、次の相までの三度音程は他のオクターヴ相で用いたオクターヴ・ユニゾンを使っただけでは脈としては次元が低い。高い次元を目指すのであれば微分音の領域として使う手段として「拡大解釈」する事とて禁じられている訳ではないのです。

 
 和音進行における音の「取り込み」を語る時に上音(倍音)への取り込みで、「倍音」という風に強調していたのはこういう拡大解釈の為でもあるのです。微分的な自然倍音は奇しくも第7次倍音という低次な時点で見せて呉れます。16次倍音までの微分音の倍音、16次~32次という次のオクターヴ相ではオクターヴ内に16個の倍音が存在する事を意味しますが、オクターヴを均等に16等分して倍音は存在するワケではありません。32次~64次倍音というオクターヴ相では1オクターヴ内に32個の倍音が新たに加わる事になりますが、これもまたオクターヴを32等分しているワケではありません。


 こうして高次倍音《尠くとも8次倍音以降》に迄目を向けると、「音程」という轍は、音階という音列に則った轍を使わなくなるのは明白です。女性の化粧にひとつの小さな粉が必要なのではなく、粉の集まりを或る程度一様に塗る事で変化を試みようとするのは、高次倍音を利用して音色作りをしようとする事と似ているモノです。例えば33次倍音のみの「着色」が必要なのではなく、それらの倍音まで亘る様な脈が欲しいのでありますね。領域としての輪郭が必要なのではなく、輪郭そのものは朧げであっても一様に広がる或る程度の漠然とした領域を欲する事と似ていると言えるでしょう。

 これをイコライジングで喩えるならば、イコライザーの中心周波数というのは大概の使い手は漠然として使っているだけで、その山/谷の裾野の広さにはパラメトリックEQを使わない限りはあまり頓着せず、機器が固定値として設定している値を受け入れているだけです。

 亦、いくらデジタル社会とはいえイコライジングが極端に急峻なカーヴで中心周波数のみに針のように狭い周波数帯に及ぶようなイコライジングはされません。このようなアルゴリズムを組んだとしても非常に狭い周波数帯の位相(遅延)が出るだけで音色の変化はそれほど大胆に現われないでありましょう。つまり、イコライジングとてピンポイントで音の輪郭を決め込んでいるのではなく、相貌的な輪郭は色の世界でいう「面色」のような、輪郭の無い物に対して色付けをする事と似ている事であります(つづく)。

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