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『習作II』/カールハインツ・シュトックハウゼンの音律 [楽理]

 2014年に入りNHKのEテレでは坂本龍一に依るschola音楽の学校「電子音楽」編が新たにスタートした事は記憶に新しい處ですが、このブログ記事の投稿時点では2回の放送を終えた處であります。そこで気付いた事を少し語ることに。


 それら2回の放送にて毎回引用されているのがカールハインツ・シュトックハウゼンに依る「習作II」なのでありまして、濾波器(=フィルター)を使ったり、その巧妙な電子的な音によもや1950年代の作品だと感じる事など俄に信じ難い程現今のエレクトロ方面から見ても追い抜かれている事など無いような素晴しい作品なのでありまして、音そのもの(=音色)についつい耳を奪われてしまいそうですが、この曲の音律というのは12等分平均律ではありません。
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 松平頼暁著の『20.5世紀の音楽』(増補版はタイトル改変で『現代音楽のパサージュ』)に詳述されておりますが、その音律というのは整数比1:5の音程比を25等分した音律を用いております。つまり純正律に置き換えるならば2オクターヴ+長三度(=12平均律の長三度よりも約13.7セント程低い)≒2786.313713セントを25等分した音律を使っているという事になります。シュトックハウゼンは単純に純正音程比1:5の25等分平均律(直線平均律法という調律法は、異なるオクターヴ相に於て異名同音が生じない、オクターヴとは異なる相貌での平均律の事)を用いるので、5^1/25によって、そこから≒1.0664949422...を100Hzに乗算していけば求まります。なお、シュトックハウゼンの楽譜の左脇には、これらの等分した周波数の小数点以下を均した周波数が併記されております。(※)という風にして係数nに任意の整数を代入すればその音高が求まる、という事です。

 ※ブログ初稿時、私はこの「冪乗」で表される数式を、自分でもおかしいなと思い乍らも、松平頼暁著の増補版の方の「現代音楽のパサージュ(20.5世紀の音楽)」p.72に掲載されている数式を冪乗ではなくそのまま「帯分数」で読んでしまいまして、自分でもなんとなく腑に落ちない所があったものの、ブログ投稿時にはコチラの著書を参考にさせていただいたので当初は帯分数で表された誤表記としてしまいましたが今は修正しております(2014年3月31日修正済)。原書をお持ちの方は是非ご覧になって見て下さい。あの表記を冪乗と読めるかどうかを。なお余談ですが、ギーゼラー著の20世紀の作曲の方ではきちんと冪乗にて掲載されておりました(初めからこちらを参考にすれば良かったのですが)。


 通常、我々の使う12平均律の長三度は400セントであるため、12平均律での2オクターヴ+長三度では階名の数が28個振られる事となりますが、シュトックハウゼンのそれは25個なワケですから12平均律での半音よりも僅かに広いのでありますね(概ね約110セント幅となる)。


 そうした、通常はなかなか触れる機会の無い音律を、schola音楽の学校を試聴した人は貴重な経験をしたと言えるでしょう。勿論クラシック方面の現代音楽に詳しい人達であらば知っていなくてはならない重要人物と作品ですから、そうした人達からすれば「なにをいまさら」などという聲すら聴こえてきそうですが、元々は誰もが無智なのですから之ばかりは仕方ありません。

 然し、これから音楽を「純粋」に学びたいという人を私は歓迎しますし、現今の体得する必要も無い様な唾棄したくなる様な音楽にいつまでもへばりついている様な欲求に溺れてしまっている人よりも知的好奇心を更に高めようとする人を私は大いに歓迎したいというスタンスを取っております。

 それと、私がこうして述べている大概の事も既知の体系なのでありまして、知識をふりかざそうなどとはまんざら思ってもおりません。知っているが故の知識を小出しにしては無智な人間を卑下してどこぞの掲示板などで知識をふりかざそうとする様な愚行を演じようなどとは勿論微塵も思っておりません。しかもコチラは某掲示板の被害に遭う側ですわ。馬鹿者どもめが(笑)。


 扨て、茲で目を向けてもらいたいのは、シュトックハウゼンは簡単な整数比であっても単オクターヴではない「相」を見渡して音律を得ている事は明白です。通常の音律の体系は単オクターヴを分割していくのでありますが、「単一のオクターヴは不等分に分割」され、複オクターヴ相というしかも2オクターヴ相を超越した純正比1:5を分割する「等分平均律」とも言えるのが興味深い事実なのです。

 平均律法は大別して2種類ありますが、通常我々が利用している平均律法は等分平均律の側の事で之は「循環平均律法」という側に括られるタイプの物であります。

 一方で不等分平均律というのは「直線平均律法」という側に括られる平均律法なのでありまして、先のシュトックハウゼンの「習作II」の音律も直線平均律法に括られる側にある物なのであります。

 直線平均律法のそれは単オクターヴ内の音が不等分になる事に加え、別の直線平均律法ではオクターヴ相が一致しないという音律も含むのであります。つまり1:5という純正比を25等分すると、オクターヴ相が少しズレてしまう形で現われつつも、とても広大な見渡しで観ればその相はいつしか可聴域外では概念的に律するものの、実際にはオクターヴ相が合わない音律となっている處が最大の特徴と言えるのであります。


 では、何故こうした見聞が必要なのか?
 
 私は茲数回に亙って複数のオクターヴ相とやらをこっぴどく扱って来ているおりまして言わんとすることはご理解いただけると思い増す。

 ある共鳴的な音程で幾つものオクターヴ相を探ると、22度音程以降の相を見渡す事で半音階を跳越した微分音空間をも視野に入れる様になる、と述べて来ておりますが、こうした見渡し(共鳴的な音程の脈)を使うと實はとても縁遠い脈だという事があらためて理解できると思います。
 しかし、そんな遠い音の脈であろうともシュトックハウゼンの様な天才は、単純な音程比率を用いて微分音空間の脈を持って来ているのです。これが天才の音に対する見渡しなのであります。難しい脈を簡単な音程比で以て脈を作るワケですね。いわんとする事は、オクターヴというデカイ轍ばかり目を向けていてはシュトックハウゼンに嘲笑される様なモンではないかと(笑)。

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