So-net無料ブログ作成

Again, Everything Again [楽理]

 前回の続きとなりますが、魔方陣というのは面白いもので、タテ・ヨコ・ななめのどういった線を結んで合計をしても和が等しくなるという「列」なのでありまして、先述の5×5の魔方陣、もしこれが25種の音程列だとするとそれを考えるだけでも興味深くなるのであります。


 とはいえ、通常の魔方陣の構成の仕方は法則があって、数字の「順次進行」を次の図のように「斜め」方向に進めていくと構築できるモノなのです。枠外に進めざるを得ない場合はその枠外に対して「仮想的」に等しく枡をくり返していけばよいので、その繰り返しを「同相」へと「転回」させればイイのです。ななめ方向に行き先がぶつかってしまう時は1マス後退してから斜めに進めれば良いのでありますね。
mahoujin02.jpg


 図ではc列E段(以下、《列・段》で表記)に開始数である「1」、cAに結尾数「25」を与える魔方陣での表記ルールを載せているのですが、1から見た「順次進行」の方向は斜め右が常にあります。しかし斜め右に進めると早速枠外に進むことになり、この枠外は自身の5×5のマス目が仮想的に循環していると思ってもらえばよいのですね。即ち「1」から進む次のマス目は仮想的な「相」をイメージすると「d列A段=dA」に進むのでありまして、1から見ると早速枠外なのでピンクの文字の様に後ろへひとマス進んでから斜め右下という風に進んでいってしまうのはダメな例なのであります。

 つまり、正しくはdAに「2」が表れ、「3」はそこから右斜め下eBに進み、次の斜め下は枠外の仮想的な相へくり返すことになるので、結果的にaCに「4」、bDに「5」が入り、「5」の右下は1が塞いでしまっているのでこういう時に一旦後ろに引いてそこからさらに斜め右下を進める、という風にして魔方陣(奇数方陣)は作ることが出来るのであります。このルールさえ知っていればどんなにマス目を増やしても簡単に作ることができます。これは私の小学校4年生の時の夏休みの自由研究でした(笑)。

 とまあ、そうしてルールに則って作ると次の図の様に5×5の奇数方陣が正しく出来るのでありますが、この奇数方陣から総音程音列に導く研究もする事が可能なのです。とはいえそうした研究はすでにコンピュータベースでとうの昔にされているものでして、シュトックハウゼン然り、カワイ楽譜出版のリンカーン編、柴田南雄・徳丸吉彦訳・編纂「コンピューターと音楽」柴田南雄著「音楽の骸骨のはなし」に詳しいので、総音程音列やらに興味のある方はそちらをお読みになることをお勧めします。今回私はそうした世界観ではなく、「全音階的」社会においても、こうした数理的な背景は数奇な物があるためそれを挙げてみたいのでして、セリエルのそれとはチョット違うのです。


 扨て、先述の魔方陣形成のルールというのは、数字を順に配置している為、その結果音楽的に投影した場合、「順次進行」という横の線が現われることになり、これはセリエルの体系から見れば調的な香りをもたらす「断片」でもあるので、こうした線も消失させて中和(均齊)を図る必要が出て来ます。
 
 然し乍ら、魔方陣の列のそれは完全ではないものの均齊社会における均齊としてはそうした中和の世界に分布している類のものなので、こうした実例から音楽をどのように喩えることができるのか!?という所に話の力点を持って行きたいと私がこうして企図するモノなのであります。


 全音階的に見るというのはどういう事なのか!?それは単純に言えば、魔方陣という、ある程度均齊の取れた(総音程音列として見た上での完全無欠な形ではない均齊)列に対して「言葉」や「音」を乗せた場合、既知の言葉や音の線は中和されるのか!?という所を見てもらいたいのであります。

 英語圏のアルファベット26文字は、zを除いて25文字列という近似的な文字列にした上で、アルファベットの順を先の魔方陣の数字に置換させると次の様に竝べる事が可能です。
mahoujin04.jpg

 パッと見ても7文字列の単語や5文字列の単語は形成されていないようですが、3文字列だとところどころ単語が出て来ます。つまり、3つの言葉程度は言葉として中和されずに残ってしまう可能性がある、という事です。この5×5=25文字を1つの原型音列として、今度は二組目の5×5=25を今度はアルファベットではなく五十音で試しても面白い結果が得られるかもしれませんし、または7×7=49という50の近似的な数によって魔方陣を組むというのも面白いかもしれません。

 
 
 元々のテーマに則って魔方陣とやらを当てはめた場合というのは、全音階という7音列を楽理的背景など素知らぬ子供が調性を逸脱することなくドレミファソラシからの脈を作る場合、これらを複音程、つまり数オクターヴに亘る音域で全音階の音高を魔方陣にあてはめると、全音階という「7」の脈は「5×5」というマス目にどのように収まるものなのか!?という事を考えてみる事にしましょうか。


 次の例に見られる音域であるC3〜F6の25個の音を、先の魔方陣の列に置換し、上行形に伴って番号を音符に振ると「F6」の音まで音高に番号を振っていますが、開始音がハ長調の主音なのもあるので余計に興味深くもなる事が判ります。
mahoujin25notes_diatonic.jpg

 その音名を割り振ったのが次の図で、先の元の魔方陣を時計回りに90度傾けています。これは音を左→右という風に流れるように視覚的に見せたいという事と開始音である「1」をやはり左→右として視覚的に見せた方が判り易くなるだろうという私の配慮からであります。
mahoujin05.jpg

 そうしてこの図の縦列だけでも興味深いのですが、最も左の縦列はC音とE音という、如何にもハ長調/イ短調域の主和音をイメージさせてくれる様な断片の重畳が得られます。2つ目の縦列は属和音、真ん中の縦列は下属和音、4列目の縦列はメディアントを根音とする和音および平行短調の属和音(属七のための同音変化前)、5列目は長調のII度または長調のIV度の付加六の断片とも言える音が並びます。


 横列の「段」をそれぞれ見てみると3度という和音の解釈が与えられるというよりも、横の線として鏤められた感じが出ていると思います。同様に対角線の線も横の線としての鏤められ方になっているように感じられます。


 こういう例から判るのは、魔方陣としてタテ・ヨコ・ななめの各々の列の数字の合計が全て等しい形として均整の取れた体であっても、5や7の列というのは不思議と理に適った並び──器楽的な意味で完全音程やらの関係が垂直的に現われることと横の線(メロディー)としての断片の表れ──と体系を構築するという事がお判りでありましょう。抑も、最初に魔方陣を1から作る時の手順というのは、それを器楽的なシーンに投影させれば、隊列ひとりひとりに点呼を取らせるように順次進行して行くのでありまして、各声部が1音ずつ発している「カノン」状態でもあるのがお判りだと思います。つまり、調的な香りがする断片でのカノン(つまり輪唱)は、縦の線においても主音(この場合、魔方陣の最初の音。他の旋法の主音に1を当てはめれば、それらの音程は同様に移旋する事になる)から非常に共鳴的な関係にある垂直的な響きが生じる事がまざまざと理解できるワケです。

 楽譜が五線譜という五つの線であったり、1週間が7日毎という事も人間にとっては不可避な数字の並びなのかもしれません。そうした所に説明のつけられぬシンクロニシティを目一杯感じてハナシを終わりにするのではありません(笑)。十二音技法ではかのシェーンベルクとて参考にしたヨーゼフ・マティアス・ハウアーは五線譜どころか八線譜で記譜しておりましたし、本来楽譜とは一本の線に対して丸がどのように隣接するのか(上と下)?線が突っ切るのか?という1本の線と1つの丸だけで3種類の音高を明示できた所に記譜法というのは端を発します。そうした側面はさておいても5という数字や7という音列はやはり単なるシンクロニシティとは異なる、誰もが使うための息づかいや呼吸のポイントとなるような目印というような一節なのかもしれません。


 つまり、調的な香りがする横の線が多数集まり、その後輪唱(カノン)が複雑化していき、カノンによって和声的に複雑化していき垂直的な和声がそれにともなって複雑化していき、やがては音並びを俯瞰した時に十二音列が視野に入るように世界観が拡大していったのは必然であったとも言えるワケで、こうした「均整」→「均齊」という変遷を魔方陣からも感じ取ることが出来るのであります。それを私は形容したかったのでありますね。決して総音程音列を語りたいワケではないのです。まあ、機会があれば語ってもイイのですがその手の事を語るよりも結果的に私は和声的な意味でのハイパーな社会をもっと声高に語りたい事もあるので、総音程音列に重きを置いた話題を語るのは何時の日になることやら(笑)。


 というわけで、今回のこうした魔方陣を視野に入れた例は5×5だったワケですが、奇しくも総音程音列も視野に入れて完全に均齊・平衡化しようとして音律も循環平均律法を用いずに直線平均律法を用いて純正二十四度音程(振動比1:5)の音程を25等分した音を配列したのはシュトックハウゼンの「習作II」である、という事も一応念頭に置いていていただけると助かります。

 直線平均律法まで視野に入っていると、今度は同様に1:7という振動比を7×7の方陣に置換してみようとか企図するものなのですね。勿論必ず平方根を用いなくとも良いのですが、自然倍音列からの数字をもっと微分音に活用すべく方法は沢山あっても良いと思えるワケなのでして、音律面でオクターヴ相が完全に合っている音社会ばかりが「先端」ではないのですよ、と言いたいワケですね。オクターヴ相を合致させ乍ら微分音を付加させてもそれは構わないワケでして、少なくとも半音階よりも細かい音に興味を抱くことも是亦「必然」なのではないかと思うことしきりです。


 体系を慮る事で音の社会を古典的に見ようとも、音社会を先鋭的に見ようとも、音に従順になれば結局は判り易い相から「砕かれ」ていくのであります。それも対称的・均齊的に。

 こういう風に何かを匂わせるように仄めかすだけでも、ある程度楽理的側面を知る方でしたら十分な理解に及ぶとは思いますが、最後に、次の文字列は是亦隠喩めいておりますね。


 こちらの《Sator Arepo Tenet Opera Rotas》というのは、「種蒔くアレポはぐるぐる回って仕事をする」という意味の文字列となるラテン語ですが、これら文字列が齎す「セリー」はヴェーベルン(ウェーベルン)を知れば必ずや目にする文字列でありますね。
mahoujin06_Webern.jpg


共通テーマ:音楽

Facebook コメント