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眩暈と歯危 [楽理]

 今回は、三分音を12等分平均律と併存させてみたらどういう効果を得るのか!?という所に着目して話題を進める事に。


 よせばイイのに私は、着信音の方でも態々三分音を用いたフレーズを使って公表していたりしますが、一般的な調的抒情性に伴う感覚からすれば「見事に外れた」音であるため、一般的な音楽の聴き方をすれば唾棄される方もいらっしゃるかもしれません(笑)。しかし、その唾棄すべき音にも、ほんのり仄かに違う味をまぶすことで今度は違った感じにも聴こえるという風に、微分音が齎す効果を最大限に実感して欲しいからこそ敢えてリリースしているという事でもあるため、そういう側面をきちんと語る事にしてみようかな、と企図するのはこれまでのブログ記事の流れに沿った物なのでご容赦を。


 微分音というのは、それはそのまんま、音の刺激(知覚)に脆弱な方なら単なる調子っ外れの音にしか聴こえないモノでありますが、微分音に鋭く頓着するようになるとそんな調子ッ外れの音ですらもいちいち鋭く反応してしまって頭が脈打つかのように「その逸脱は何のためなのか!?」と逐次反応してしまうモノです。

 勿論、瞬時にそれが単なる音痴な音なのか、音痴であったとしても微分音としての別の側面での美しさを見てしまう感覚も育って来てしまうモノであります。そんなシーン、無自覚・無頓着な人(微分音に対して単なる音痴な音にしか感じない人)からすれば「微分音など音痴の音だ!」などと断罪してしまうでありましょうが、私のこれまでの過去のブログ記事にて微分音を取り上げて来た事が幾度となくあるように、微分音に頓着してしまう人は少なからず存在し、私もそのひとりであるという事であるのはお判りいただけるかと思います。つまり、音をこういう風に知覚する人は存在するのだという前提として微分音を色眼鏡で取扱って欲しくはなく、私のように微分音を聴く人間の存在はなにも不思議な事ではなく別段特別な知覚でもないのである事も亦強調しておきたい所であります。


 私が今回用意したサンプルの例、まずは微分音を用いていないごく普通のコード進行ですが、一番最後のフェルマータの和音だけがポピュラー音楽の仕来りだと逸脱してしまう和音を用いております。それは下声部がD♭7で、上声部はf音を共有するc音からの完全四度等音程堆積の4声c - f - b(ドイツ音名) - es というモノです。

 但し先の曲での冒頭に用いているコードは、このサンプルの段階では《まだ》D♭M9 (9、13)という和音なのでありますが後に別バージョンで聴く事のできるものでは先の曲最後のフェルマータ部の和音以外に冒頭の和音に対しても弄っております。それはces音、つまりC♭音が付加される和音として曲が始まる事になります。

 では手っ取り早く「普通の」方の曲を聴いてもらうことに。もちろんこの普通の曲も最後の和音は先述の様にチト違うのですが(笑)。こちらのサンプルは、後に披露する微分音用のサンプルの物とは別アレンジにてクロスオーバー系統のシンセ・リードを含ませており、冒頭の和音は何の変哲も無いポピュラー音楽体系に能くある「D♭M9 (9、13)」であります。


 文字ばかりでもなかなか伝わりにくいかとも思うので、このアレンジを5小節に譜例にしてみたので確認してもらうことにしましょうか。
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 後述するces音が付加された和音のバージョンはルートから見ればdes - f - as - b - ces - c - es という構成音に等しくなるので、ces音を付加するサンプルの冒頭小節は、耳慣れない人からすれば忌避したくなる程邪魔に感じるかもしれません(勿論、それは私の意図する所)。しかし、これをリピートさせる時の5小節目では、先の忌避したくなるces音が微分音の効果によって消失し、体が弛緩するかのように、まるで大欠伸をして力が抜けたような感覚を音で伴わせ乍ら、微分音はそれこそ歯の知覚過敏をも思わせるような音を聴かせながらまぶしていくという曲を披露しているのでありまして、それらをきちんと説明するために今回こうしてブログ記事を用意したワケであります。とりあえずは後述する前にces音が付加されていない方のバージョンの譜例を見乍ら語ることに(微分音を用いている方は次回以降のブログ記事にて)。


 ってなワケで「D♭M9 (9、13)」というコードから開始されて2つ目のコードは「A♭M9aug」というのが出て来ます。表記的には「A♭M7 (9)」とした方がより配慮が利いたモノになるでありましょうが、こういう表記の際7度音は自然(=短七)ではなく長七となるのがポピュラー・コード表記の倣わしでもあるので態々そんな事を詳述してまで唯でさえ字数の多い私の冗長ブログで展開する事まではいたしません(笑)。

 その直後シンコペーションでGm7(♭5)へ進み、その次の2小節目のF#mM7というマイナー・メジャー7thコードが現れます。これは直後のC♯△/D△(ペレアス)が包含している構成音だという事はお判りだと思いますが、つまりC♯△/D△の構成音は下からd - fis - a - cis - f - gis であるため、自ずと異名同音のF#mM7の構成音 fis - a - cis - eis(f)を包含しており、チャーリー・パーカーの技法でも顕著になった濱瀬元彦著の「relative」という語句、まあそこまで引用せずともジャン=フィリップ・ラモーで十分だと思うのですが、六度方向、つまり3度下に和音の累乗を試みてペレアス和音への脈としている所はお見逃し無く。

 3小節目には今度は「G♭mM9」という和音が出て来て、先のF#mM7の構成音に長九度音を付加した和音と異名同音で同一なのですが、このように表記を異にする理由は、その和音が現われる前の和音からどのように推移しているのか、という事を明確にするとコチラの方が合点が行くからなのであります。「G♭mM9」上ではシンセ・リードが重変ロ音(=異名同音の本位A音)というのは、G♭mM9コードの短三度音なのですが、本来G♭を根音とする和音から半音下がって変位している事を示唆するためにダブル・フラットにて表わしているのであります。


 その後今度はシンコペーションで「A△/G△/D」という分数の分数コードという形式が現れ、これはポピュラー音楽界隈ではスティーリー・ダン辺りでしか遭遇しないものかもしれません(※一般に市販されている楽譜では分数の分数コード表記を目にすることはできないでしょう。流通していないSDの某曲であるため)。この際なので、次に分数コードとonコード表記を語って本題へ戻ろうと思います。



分数コードとonコード表記


 これについては私もツイッターでは呟いてはいた事なのですが、私のバンドやらローカル・ルールにおいては分数コード表記とonコード(オン・コード)表記は使い分けております。使い分けとしては以下の様になります。


 分数コード表記というのは旧くは下声部・上声部どちらも和音だったのでありますが、それが慣例的に下声部が単音という事を示すことが多くなり、現今の分数コード表記というのは下声部(=分母)が単音という不文律の下の解釈となっております。しかし、その慣例にあてはまらぬようなバイトーナル・コードの様なポリ・コードを伴う場合は分母も和音を示す必要性が生ずる事があり、こうしたシーンでは分母にコード・サフィックス(=コード記号)を与えて区別しているのです。つまり分母が長三和音であれば「△」やらブロック体の「M」など。私は前者に統一しております。同様に分母に短和音や属七であれば「m」(=マイナー)や「○7」という風にサフィックスを与えて単音ではない事の注意喚起として使うワケです。

 加えて、分数コードの場合は上声部和音の構成外である和音外音の音が下声部に用いる表記にした方が望ましいのですが、onコードでは例外もあるのも確かなので後述を参照。とはいえ分数コードの場合は和音外音である方が宜しい事の方が多いかと思います。


 onコードの場合は基本的に母体の和音構成音である事です。CM7 (on E)というのはCM7/Eよりも望ましいのであります。しかし、先述の様にオン・コードには例外があります。二度ベースを用いる時です。例えば二度ベースの場合CM7というコードを基にするとCM7(on D)となるのでこれは和音外の音なので分数表記の方が望ましいのでは!?という声があがるかと思います。

 そこでCM7から見た長九度音が「和声的に見た時」(つまりアンサンブル全体を表わす)が使われていてコード表記としてはCM7と9thを使ってはいない場合にそこで二度ベースを用いざるを得ない時にオン・コード表記を選択しています。ベース以外に誰も九度音(=二度音)を使っていないのであれば、それは分数表記でも構わないのですが、onコード表記としては能く見掛けるタイプとして視覚的な慣れを優先させてあげた方が演奏にスムーズなので二度ベースにおいては和音外であってもonコード表記を見掛ける例がある事が多いのです。



 というワケで分数コードとonコード表記の違いがお判りいただけたかと思いますが、先の「A△/G△/D」のような分数の分数コード表記は能々見れば最下声部の単音D音はG△の構成音なのだからD音はonコード表記にしてもイイのでは!?という疑問を抱く人がいるかと思います。

 抑も分数コード表記というのは、単純にスラッシュ(=/)を与えて1段で構成する場合と、割注として横線が上と下を分断する本来の分数表記の2種類がありますが、旧来の割注表記がスラッシュ表記へと簡略化されていってonコードに馴染んでいった表記が生じるようになったというのが正確な出自であろうと思います。

 単に割注表記が印刷の図版の作業面でスムーズではない事が表記の簡略化を招き、スラッシュ表記の分数ならばonコード扱いとして1段で示す事ができるので、スラッシュなら誤読の可能性を孕む(視覚的には割注の方が注意喚起度が高い)という背景を孕んでいるので、私も今回スラッシュ表記を回避した方が説明としては説得力を伴うのでありますが、抑も分数の分数コードというシーンが非常に稀なので、そういう稀有なシーンに定義付けを行なうのはあまりに当てはめ過ぎな事だと思っております。分数の分数コードとやらを割注やonコード表記のどちらも試してみればお判りですが、視覚的に邪魔になるんですね(笑)。そうするとスラッシュ表記の方がスンナリ収まるのです。

 読み手に対して注意喚起と読みやすさを同居させている事が楽譜としてはベターな表記である筈なので(作者の意図が強く反映されなくてもいいシーン)、分数の分数コードという表記はこうしてスラッシュ表記、しかも分数コード内の構成音であってもonコードとしてしまうと仰々しくなるという事で、私はこうして選択しているのであります。
 
 いずれにしても、7度ベース型となる分数コード(この例では上声部の七度に相当する音を根音とする和音がある)は長音階の調域の「V on IV」と見るのではなく、短音階の調域での「VII on VI」として見る方が無難です。2度ベース型なら長音階での「IV on V」タイプを想起すればイイのですが7度ベース型は平行短調の「7/6」として見た方がイイ事ありますよ、って事を意味しているのです。どうしても長音階側のV on IVとして見たい場合、それは複調感を強く伴う筈で調域がひとつにならない拡大された観を伴う筈です。それでも固執したければ咎めはしませんが。


 こうして考えると、4小節目のEM7aug(on F#)という二度ベースの表記は、先の様な不文律に当てはまっているのでありますが、楽譜というのはどんなシーンであれ、各自の不文律を生じます。

 その不文律があるがゆえに同じ曲の解釈でも異なる揺さぶりが生じたりするのですが、弾き手としてはどの善し悪しを判断するよりかよりも先に、それらの揺さぶりに対応出来る能力が必要とされるのです。ある一定の流儀(=不文律)ばかりを欲するのは腕前が凡ゆるシーンを咀嚼しきれていないが故の陥穽である事が往々にしてあるので気を付けたい所でしょう(笑)。そうした癖は自然と植え付けられてしまうのも確かなんですが、なるべく払拭して広い視野で凡ゆる譜面の不文律に遭遇した方が音楽的な解釈の幅は間違い無く拡大しますので苦労を伴い乍ら体得すべきだと私は思います。とはいえコード表記の類は視覚的にはシンプルであって欲しいというのが個人的な思いです(笑)。


 で、この4小節目の「EM7aug(on F#)」ですが、増和音を基にしているので5th音がB#音(ドイツ名his)である事が望ましいのですが、和音パートでは「C音」表記を用いつつ、シンセ・リード上にて私は「his音表記」を使い分けております。これはシンセ・リード側に優先して音の派生の出自を明示しているのです。しかもこのシンセ・リードのパートにはこの和音上では通常なら次のようなモード想起はそうそうしないであろうという音、それはすなわち本位イ音(=a)、先の嬰ロ音に加え嬰ホ音をも明示しております。

 通常、増和音を母体とする和音に対するモード・スケールの想起は概してリディアン系の増四度を特性音とするモードを想起することが通常の想起でありますが、私のそれはオーギュメンテッド・コード上にて本位四度と短九度を使うモードを示唆することになるのですね。直ぐにお判りいただけるかと思いますが、根音から半音→短三度→半音→短三度・・・・という風に繰り返されるモードを想起しているという事なのです。因にオーギュメンテッド・スケールは根音から「短三度→半音→短三度→半音・・・」という竝びなので、スケール・トニックの置き方が違った捉え方をしているという事がお判りになるかと思います。つまり母体のEM7augに対してe - g - gis - h - his - dis - eを充てるのでもなければ e - f - gis - a - his - cisを充てているワケでもない別の体系だという、単純なオーギュメンテッド・スケールを充てているワケではないという事を声高に語っておこうかと思います。背景のコードに対して、この私の呈示している音列を詳悉に体得してみて下さい。ゆっくり弾けば必ず見えて来るものがあるので(笑)。


 そうして最後のコードも分数コード「F7sus4/D♭7」というモノ。實はこの和音の構成音からces音を省いたモノが冒頭のD♭M7(9、13)なのでありまして、後に紹介する三分音を使ったサンプル曲は、このポリ・コードと同様の物を用います。つまりD♭M7(9、13)からはスタートしないという事です。さらに言うとこのポリ・コードは特に上声部は便宜的な表記でセヴンスsus4の型を用いているだけに過ぎず、真の意図は、C音から上方に完全四度の等音程として堆積させた和音として使っています。図には示していないので言葉からどれほどイメージされるか判りませんが、ドミナント7thというコードは私のように和音を変わった方向から見立てさせると、ドミナント7thの3rd音に等音程を付ける枝が出ている、という風にしているのです。つまり今回はその枝に短三度等音程の断片(つまりディミニッシュ・トライアド)と、完全四度等音程が併存して枝から出ているという風に考えていただきたいワケでありますね。


 そんな和音には縁が無いし、使おうとも思わないと理解してしまうのはとても殘念な事です。使い方ひとつでこの手の和音というのは世界観は全く変わるものでして、次の様な例を挙げれば、今度は複調でそれぞれは属七の体を使っているという物なのです。
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 譜例にもある通り、下声部は嬰ヘ長調の属七和音、上声部は変ロ長調の属七和音を示唆するフレーズとしています。これの「後期ロマン派」的なのは、ドミナントとドミナントという風に「揃えて」いる所にあります。平たくいえば、複調だからといって必ずしも上と下で和音機能を揃える必要はないワケです。そんな事で迷ってしまうようなら現今社会での分数コードなんてどーすんの?と思い出してもらえれば、複調性に伴う状況というのは寧ろ「揃う」方が結構難しい脈かもしれません(現在では)。この手の和音などを私のブログばかりでは信憑性に足らないと思われる方も居られると思うので、それならば少なくともレンドヴァイ著の「音のシンメトリー」が蓋しこの手の和音を詳しく解説して呉れる事でありましょう。

 この複調のサンプルは、上声部と下声部ではどちらもドミナント(調性はそれぞれ異なる)というバイトーナルにて醸し出している世界観で、お判りの様に下でC#7を鳴らしておいて上でF7のフレージングをしているワケですが、便宜的に下声部で生じる本位C音は上声部の線を補強するための音である事は直ぐにお判りの事でありましょう。下声部がC#7を鳴らしているとはいえ表記上でC音を表わすのは複調を如実にアピールしているが故の注意喚起的な意味合いもあります。それと、もうひとつ気づいてもらいたい点は、今回のブログ記事の最初にて用いた1曲目のサンプル曲の最後の和音の下声部D♭7と、茲での複調に用いた下声部のC#7は異名同音で同一であるというワケです。それぞれが異なるのは前者は上声部に等音程和音を付加させて、後者では複調で別の調域の横の線を用いている、という点です。

 それらの異なる点というのは「脈」の使い方ですね。前者では垂直的に和声的な色彩観を利用していて、後者では横の線として複数の調性の色彩を映じつつ横の線でさらなる色合いの誇張を繰り広げている世界観という脈の使い方なのであります。特に後者の場合、一方の調性ばかりに耳が頓着してしまってもう片方の調性の音が調性を逸脱して外れた様な音には決して聴こえない事を自覚してほしいのです。

 つまり、我々が通常の調性の体系で感じている、《調性内に収まる感覚》と、《調性から外れる感覚》の違いに於ては、このような属七和音の併存の前では何故先の様な調性の差異感を真っ先に感じないのか!?という事に最大のヒントが隠されているのであります(つづく)。

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