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属七提要 捌〈基底和音に見るオクターヴ・レンジ 続編〉 [楽理]

 扨て、茲で漸く先の坂本龍一のsus4コードの類の例にて坂本龍一の暗喩は何だったのか!?という事と、近年ジャズ誌などでは能く見掛ける様になった(※このブログは2014年8月投稿時から遡って凡そ5年位前の00年代終盤頃から顕著)「○○7sus4 (9)」という表記の正しくない部分を詳らかに論述する必要があるので語ることにしましょう。それでは次の例ex.1を見て貰うことにしましょう。
sus4_compare.jpg




 1番は何の変哲も無いsus4コードです。まず注目してもらいたいのは2&3番のモノです。2&3番の和音が坂本龍一が例として出していた物として『坂本龍一・音楽史』で語られているモノですが、2番の和音はコード・サフィックスとして新奇性が見られますが、つまりこれは「完全四度等音程」累積型の和音を表わしている訳ですね。等音程ではない四度音程累積型の和音も存在するので(オネゲルとかスクリャービンなど)、そうした完全四度等音程ではない四度音程累積を私のブログでは「不等四度」としていたりするのです。

 3番の形式は、西洋音楽スタイルですね。茲で注目すべきなのは9th音が2度音ではないのです。例えばC2(4)(※割注で表示出来ないのが残念ですが、小さく下に2があり上に4があるという表記として理解されたし)として仕舞った場合、それはCメジャー・トライアドの3度と5度音が2度と4度音に変化させられている(また元に戻る可能性もある)体系で生じた物とも看做されます。そうした2&4度音に変化させられたそれと混同しないように敢えて3番はc、f、d音という構成になっている事があらためて判ります。また5度音であるg音や7度音(b or h音)も省略されているのは「意図」あっての事です。この「意図」について語ります。


 和音を累積するに当たって、ジャズ・ポピュラーではC add9という形はありますが、和音構築の歴史ではそれはCメジャー・トライアドへの附加9度ではなく、五声体である九の和音から七度が省略されている事なのです。9度音があるという事は7度があって「当然」という事なのです。同様に11度があれば7度も9度もあるのが「当然」なので、無ければ省略されている事なのであります。

 抑も和音は2音で成立します。同音或いはオクターヴユニゾンを除いての。但し、和音として体系化されているのは3音構成からの事であります。たった2音で構成されている「和音」というのは、何らかの和音の抜粋された形として見做すのが和音の歴史なのです。つまり3度を抜いた空虚五度であろうと、恣意的な音程関係にある2つの音であろうとも、何らかの和音からの抜粋形であるという風に見立てるのが和音の歴史であるのです。つまり、3番の和音は「抜粋」でもあり、付加六度の転回形からの省略形でもあり、体を変えた五度累積型和音など色々な解釈が可能なのでありますが、C音から見た時に5・7度音が省略されている所に「意図」があるのです。


 4番の和音は、これは坂本龍一は全く呈示していませんよ(笑)。おそらくその後、sus4体系を拡大解釈した方面が使い出した故に発生してしまった馬鹿げた表記なのでしょうが、私がダメだとするこれこそがC7sus4 (9)の形です。私とて此れを受け容れたくはありませんが、こうした表記を眼前にすれば、その構成音が「c、f、g、b(英名=B♭)、d」だという事は「すぐに」伝わります。すぐに伝わる共通認識を備えているからといってそれを押し付けられるのを拒むのは、それが誤りであるからに他ありません。

 4番の和音には基底とする1〜5度間が基底として曖昧模糊の状態であり乍ら上部にはG・B♭・D音という、短三和音の包含がある訳ですね。基底音が曖昧であるのに上部に和音の体を成しているのがあるのに、それでいて曖昧な基底側を和音の根幹とするのは抑もご都合主義でも何でもない和音でしかないだろうという所が、この和音の最大の矛盾点なのです。

 小室哲哉風に言えば、Gマイナー系列やB♭メジャーの音がプンプン匂って来る和音で基底がC音とする和音?分数コードでもないのに?基軸を全く捉える事の出来ない、単にコード表記という視覚性ばかりに依拠する即断性ばかりを優先した手前勝手なルールである事は言う迄もありません。そこまでして即座に判断する必要性は譜読みなら別として、コードネームだけの即断性など必要なかろうに。しかも基底和音を蹂躙してまで矛盾したコード名を附与する事自体が馬鹿げた行為だというのが判ります。

  ポピュラー界隈の現実には、マイナー11th(マイナー・トライアドに短七、長九、本位十一度)の和音の一部が省略されてGm7 (11)という類の物も在ったりします。つまり、Gm7 (on C)という能くある「IIm7 / V」および「Im7 / IV」の形をsus4形式にしてしまっている事と同意なんですよ。つまり、分数コードおよびonコード表記を回避しているのは明らかなのです。しかしそれではベース側、少なくとも下声部の動きを浸食してしてしまっていて、ベースの側が思慮深いフレージングが出来る人間が少なくなってきたから上声部の輩が下声部に浸食してきて、こうしたご都合主義のコード・ネームの体系を易々と作り出そうとする蠢きが顕著になったというのが、この手の表記が匂わす「簡便さ」の唾棄すべき部分であり、そこまで判断に簡便さを伴わせる必要があるのだったらなぜ間違った解釈を伴わせてまでコード名に拘るのかが理解できない訳です。sus4というのは本位十一度を示しているという暗に共通理解があるものですが、その十一度とやらは上声部Gm7の短七度音の為のモノあればイイだけの事で、下声部にとっての本位十一度であっては決してないのですね。しかも本位十一度音が本来なら回帰すべき音は長三度の方向なのですから、暗にe音を配するモードの存在を匂わせてもしまうのです。すると、ベースの動きは、阻碍されてしまうのと同様なのですね。もっと自由闊達にジャズのウォーキング・ベースはこんな安っぽいモード想起など少なくとも私はしません。先のsus4表記が暗にe音への帰結を意味しているのですから、G音から見たGドリアンを示唆する事にもなりますが、以前の私の例に出した属七提要シリーズにて、デイヴ・グルーシンの「Astro-March」におけるジェフ・ミロノフの敢えてドリアンを選ばないモード想起を挙げた事がありましたが、こうした事をも踏み躙る体系にしてしまいかねないのであります。

 「んな、細けーコト考えねーで、sus4が♭3rd行っても構わない解釈をオメーがすりゃ万事解決だろうよ」

 と宣う馬鹿もいるでしょうが私からすれば、細けー事に拘泥する必要が無ければsus4に拘った誤った表記をするんじゃねえ、馬鹿が!」と逆に罵って遣りたい所です(笑)。


 マイナー11thという和音の省略形が一般的になっているので、Csus4から「恰も」Cmに「回帰」するというような例もあったりしますが、これはCm11が基に仄めかしているサウンドが、単に7th、9th音を省略しているだけの事で、sus4が短三度へ回帰した動きではないのです。しかし、まるでsus4から短三度へ回帰しているかのように振る舞う体系化を整備してしまっているのは出版者側の都合である事も多いワケで(※出版者など版権さえクリアしていればアーティスト側の意を汲む事の方が稀であり、音を採る採譜者側の意が反影される事など多々あり)、YMOの「Solid State Survivor」のイントロ冒頭のリフを聴けば歴然です。


 手前勝手な眼前の簡便さだけを頼りにして、体系を踏み躙る事がジャズのスタンスであるべきでしょうか?少なくとも○○7sus4 (9)などという表記は茲数年のジャズライフ誌上では顕著であった様に思えるので、何処かからそうした悪しき慣習に靡いてしまっているシーンを目の当たりにしているのでしょうが、出版社側は何故にそこまで易々と体系を蹂躙しようとするのか!?という事を痛切に言いたいワケですね。勿論思慮深く音楽の隅々に目を光らせている出版社だって勿論あります。思慮の浅い所の多くは論文を扱っていない所が多かったりします。また知財方面に無頓着だったり所もあるかもしれません。論文に目を光らせてそれを外国語であろうとそれを翻訳して上梓するという気概のある所は、概して隅々まで慮って出版する事でしょう。つまり、ポピュラーに迎合すればするほど質は低下するというのを示しているワケですね。読み手がどうあるべきか!?既知の体系がどうあるか!?をひとたび鑑みれば、自身のオリジナリティを優先して読み手に押し付ける様な事はしないのです。押し付けがましい所があるという事は、それだけ弱っている部分があり急いてしまっている所があるが故の事なのでしょう。体系に収まる事が自社のオリジナリティを消失する物であると感じるものがあれば、それはいずれ淘汰される事でありましょう。読み手を巻き込むな、と。同様に読み手も賢明でなくてはなりませんね。同じ物ばかり読んでいればお里が知れるという訳ですよ(笑)。

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