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投影法 陸 [楽理]

 扨て、fig.15に見られる物は、時計の文字盤として見立てた12時の位置に在る「7」という数字はピッチ・クラスを表わす数字でして、基準値はC=0という風にしている為、G音=7となる事を示す物です。
Hybrid15.jpg



 そして、7という数字であるG音を12時の位置に見立てて、Gミクソリディアン+Gエオリアンというハイブリッド構造において「硬減長七」の形がどの様に存在しているのかと探ってみると、4種類の硬減長七の型が内在している事が判ります。fig.15a〜dは、全て硬減長七を図示したモノなのであります。


 では、実践的な話題に移るとして、次の様なシーンでGミクソリディアン+Gエオリアンのハイブリッドな状況はどんな物なのか!?という事を語る事にしましょう。

 「Gミクソリディアンのミラー・モードもハイブリッドで。コードはGsus4を中心にモーダルで」と言ったら、それはGミクソリディアンを投影法でGエオリアンを併存させて、コードはGsus4を中心に充てた状況を想起して、モーダルな状況なのだからコード進行というのは特になく、ハイブリッドな状況下に於いてマトリクスに和音構成音を拾って来る状況を意味するのであります。

 例えばfig.16の譜例ではエレピ・パートしか抜萃しておりませんが、左手のパートは「Gsus4」を中心にどことなく進行しちゃってます。でもモードの状況としてはこうした静穏なる進行はあっても良いのです。少なくともfig.16の最初の2小節はGsus4を中心としたモードの応用的なプレイに過ぎません。
Hybrid16.jpg


 1小節目の左手パートの2つ目の和音は「C・F・B♭」の完全四度等音程、或いは「Gsus4っつってんのにFsus4じゃねーか!?」と思われる方も居るかもしれません(笑)。でもこれはGミクソリディアン+Gエオリアンのハイブリッドな状況下からC、F、B♭音を抜萃して来た状況に過ぎません。Fsus4/Gのハーモニーではありますが、モードなのでこれも亦アリなのです。1小節目の4拍目の左手は「D・E・B」と弾いてますよね。これも同様にGsus4という見立てはGミクソリディアン+Gエオリアンという投影法の中から音組織の一部をマトリクスに抽出しただけの事である、と柔軟に理解していただければ宜しいのであります。つまり、1小節目1発目の和音はG7sus4なのですが、短七を附随させているのもコレも充分アリなのです。

 少なくとも右手パートの1〜2小節は、先のfig.15a〜dの硬減長七の音脈を使っております。2小節目3拍目だけは「G・A♭・C・D」というピッチ・クラスで示せば「7・8・0・2」というフレージングを鏤めておりますが、これはfig.15の音組織とは異なる硬減長七を使ったアプローチという事になります。この「想定外」の硬減長七の音脈を使っているのは、調域を短三度下方にずらした状態を視野に入れて忍ばせたものなのです。つまりGsus4を中心に見立て乍ら2小節目3拍目でスルリとEsus4を忍ばせる。Esus4の世界観は「Eミクソリディアン+Eエオリアン」というハイブリッド状況を見立てている、と思ってもらえれば良いのです。短三度ずらすアプローチは、以前にも私が完全四度等音程を詳悉に語っているので明言は避けますが、完全四度等音程は二度で犇めき合おうとする為、音脈の間隙〈かんげき〉は完全四度から二度が奪われる様に現われ短三度音程が生ずる、という意味ですね。こうしたハイブリッドな状況にあっても中心軸の第二次対蹠点を利用している事にもなり、中心軸の支配力はあらためて大きいものだとも言えます。


 その後の3〜4小節は、Gsus4とは何の関係もなく和音進行を与えただけの事ですから、着目してもらいたい部分は冒頭1〜2小節である、という事をあらためて強調しておきたいと思います。とりあえず着目してもらいたい点は、Gsus4という和音しか与えられていない状況で茲迄自由に遊べる手段を有しているか否か!?という点が最も重要なのです。

 因みに右手パートの2小節目最初のC♭音表記はG7sus4に於いて異名同音のB音をぶつけるというよりもB♭音の出現もある為注意喚起の為の音なのです。硬減長七から見ればB音は「B△7(♭5)」の分散として見る事も出来るのですが、それを態と「C♭」系として見るのは、B♭音に配慮したものです。つまり、fig.15bの形を慮ったからこそB音ではなくC♭音なのだという事です。

 無論、音楽シーンに依ってはここまで自由なモード想起を許容しない場面もあるでしょう。しかし、あくまでもジャズ的アプローチでsus4コードが出て来ると及び腰になってしまうようではいけません。

 亦更に、Gsus4が示していた状況で更にもっと制限をかけるとすれば、それはB♭とBというGから見た可動的3度音を総じてオミットする事くらいでしょう。但し、そうした制限はsus4コードの4th音の音が3rd音とぶつかるから、という理由で制限をかけるのであれば、既知の和音体系が基底和音の響きを阻碍する為に全音階的な響きを遵守してきた事と変わりはありませんし、寧ろ和音が凝集していく状況を見据えていない制限であると言えます。和音の凝集とやらが意味するのは単に犇めき合っているのではなく均齊・対称性が見える状況の犇めき合い。そういう状況を踏まえた時の投影法では、不思議な事に調性社会での長旋法的な性格と短旋法的な性格が両性具有的に現れる事で、それらの性質は可動的変化を起こす音に性格の差異の変化が委ねられている訳で響きとしてはかなり重要な意味を持つ訳でして、sus4という和音の体を気にするがあまりに制限をかける様な状況であるなら、それは全音階的情緒をまだまだ棄て切れていないと謂わざるを得ません。とはいえ、どんな状況においてもsus4は茲迄遊べると近視眼的理解に陥ってもアレなんですが(笑)。

 今回のこうした投影法は、濱瀬元彦が著書『ブルー・ノートと調性』の第5章以降のsus4について述べられている事をさらに私が咀嚼・拡大解釈して述べているものです。総じて濱瀬氏の受け売りではありませんが、今一度併読される事をおすすめします。もっと簡潔に述べられている事がお判りになることでありましょう。

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