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硬減和音とドミナント7th Flatted 5thの同義的解釈 [楽理]

 扨て、前回は終盤にてディミニッシュ・トライアドという和音からの半音階的変化を語って来たので、愈々、多義的なドミナント7thの使用例を挙げ乍ら語って行く事にしましょう。


 今回は、それこそ口角泡を飛ばして語りたい程に力瘤を蓄えての論述とさせてもらう事となるでしょうが(笑)、それだけ重要だという気持ちの表れでもあります。その上で「硬減和音」というのは特に注目すべき物であります。

 過去の私のブログ記事に於ても硬減和音については何度も触れてきておりますし、前回の記事でも語っていたのであらためて詳らかに語る事はしません。が、しかし硬減和音というのは減三和音からの変化形であります。それも第3音が半音上がったものなので、こうした音程に依って構築された硬減三和音を長三和音の第5音が半音下がったと見てしまう者が稀に居るのですが、硬減和音という一般的にも人口に膾炙されていない類の叡智に触れようとしているのならば、きちんと把握していなければなりません。ですので、長三和音の第5音が半音下がったなどと誤った捉え方をしてもいけません。

 残念乍らこうした体系をジャズ/ポピュラー界隈にてきちんと語って呉れる処はありません。前回の記事にも述べた様にこうした事をきちんと知るにはトゥイレの和声学から学ぶ必要があるでしょう。

 ジャズ/ポピュラー界隈の楽理というのは基本的に史実や歴史を軽んじる傾向があり、著者が最前線を邁進していると心酔している推進力にて読者を惹き付けようとする嫌いがあり、著者が述べる言葉にも、己が指針や基準になろうと低頭平身に皆で叡智をシェアしようとする考えよりも「俺に付いてこい!」的な教え方になる事がとても多く、音楽的な体系から見れば大した例でもない用法などに仰々しい、それまで大して市民権を獲得していなかった様な所にまで余計な名称を充ててみたり、他の分野や著書などと足並みを合わせようとせずに一義的な語句の嵌当を回避してオリジナルな表記を充てたりする事で独自性を出そうとする由々しき側面が多々ある物です。

 ですから多くのジャズ/ポピュラー理論では、言い換える事の難しい語句は仕方ないにしても他の語句に対しては他に耳慣れない言葉を充てていたり、その物珍しさから仰々しさばかりが浮き彫りになり、中身は大した事を書いていないという物が非常に多いものです。これには、体系を軽んじているからこそ「倣うべきは倣う」という点にリスペクトの念が払われていない、すなわち音楽を軽んじている点があるからこそこうした表現を用いてしまう様になる訳です。

 こうした教え手の犠牲となるのは常に知識に疎い学び手であり、学び手もまた、技倆や理論の修得・熟達を急くあまりに多くの事柄に対して一義的な捉え方を是としてしまい、多義的・多角的な方面から一つの事を観測しない様になってしまう事をも助長してしまっているのです。

 勿論、こうした状況に陥いらない様に自分自身を見つめる事も学び手は必要なのですが、ひとつを覚えるとそれに依って視界が大きく拓ける様になる為か、幾つかを学んで安堵してしまうという悪癖を顔を出す危険性があるというのを初歩的な人ほどその危険性を自身で察知するのは難しいものです。ですから「人のふり見て吾がふり直せ」と肝に銘じなくてはならないのですが、ジャズ/ポピュラー界隈ではこうした倫理的な事を語ると途端にカウンター・カルチャー精神を引き合いに出す学び手も居るのでなかなか難しい所でもあります(嗤笑)。


 扨て、ドミナント7thコードに対する多義的な考え方に加え、オルタード・テンションとして使われる「#9th」が本来は♭10th出自なのにそれを増九度と扱う事になったのか!?という事は前回でも理解できたと思いますが、オルタード・テンションを使おうと使わまいと、基本的にドミナント7thコードでは本位11度音(=ナチュラル11th音)を使わない限りは、大体は動的進行(=一義的)な性格を利用しているものです。多義的な性格、というのは四度進行(=五度下行進行)を行わないドミナント7thコードの和音進行の事です。


Gaucho_SD.jpg ポピュラー音楽界隈でその多義的なドミナント7thコードを能く表している曲のひとつに、私はスティーリー・ダンのアルバム『Gaucho』収録の名曲の1つ「Glamour Profession」を挙げますが、この「Glamour Profession」のアコースティック・ピアノのソロ部分を聴けば、動的勾配を得ようとしても得られない、そんな閉塞感と和音の点描感覚という物を実感する事が出来るのではないかと信じてやみません。とはいえ「Glamour Profession」の曲中では動的進行をする部分もありますが、大抵は静的なドミナント7thコードの平行進行に依る「多義的」性格なモノですので、ドミナント7thコードを使う曲の中でも特異性のある楽曲の一つでもあります。


 ドミナント7thコードの多義的解釈というのは四度進行をしない平行進行の方を重視する事ですが、後続の和音に進行するまでの過程に、嘗てのバップの手法の様な仮想的なツーファイヴの嵌当に類似する様な嵌当があっても別段構わないのであります。

 仮に「G7」というコードが後続和音にどう進むのかは扨置き、この和音が進行する迄の間「G7→D♭7」という互いに代理同士で受け持ち合っているかのようにして仮想的に捉えるアプローチを採っても構わないのであります。更に良くするのであれば互いの裏コード代理にそれぞれ違ったオルタレーションを付与するというのも良いでしょう。例えばG7というコードが後続和音に進行する迄の過程で仮想的に

「G7(♭13) -> D♭7(#11)」という風に仮想的に想起してアプローチする等、様々な方法があります。亦、このような裏コードとの代理ばかりではなく、エルネ・レンドヴァイ著の『バルトークの作曲技法』『音のシンメトリー』に見られる様に、中心軸システムを導入する事で、短三度ずつ離れた同種の和音を想起するという方法も想起する事も可能でしょう。例えば

「G7 -> E7 -> D♭7 -> B♭7」という様な物です。次の様な例でも構わないのです
「G7 -> D♭7 -> E7 -> B♭7」

 こうすると三全音のペアが二組生じて、よりジャズっぽさを演出しやすくなるでしょう。


 こうした、後続和音へ行く迄の間に起る「仮想的」プロセスの中で、三全音という方向を自身の逆相の表象として捉えているアーティストなど沢山おります。

 三全音の方向というのは、己というコードがそこから進行していなければ「I」と捉える事が可能ですから「#IV or ♭V」にを見つめるのが三全音の方角を仮想的に見る、という事を意味します。この三全音先に行く前に「♭II」を挟み込む事で「I - ♭II - ♭V」の転がりを利用した著名なアーティストが居ります。それがチック・コリアです。

 
 私が以前にも語っている事ですが、チック・コリア・エレクトリック・バンドでの「当該部分」は「I - ♭II - ♭V」のアプローチを利用した物です。且つ、「I」以外の想起される架空の和音(=アウトサイド・アプローチ用)の「♭II・♭V」を夫々「硬減」化させているのが大きな特徴です。

 それでは、以前にも語った事のある「King Cockroach」の当該部分ですが、今回はあらためてピアノ・ロールで表す事にしましょう。後ほど示すことにします。



 抑も、硬減和音は減三和音の3度音を半音上げる物として生ずる音程に依る和音ですが、「King Cockroach」で生ずる当該部分のFm9というコードを「I」と見立てようとも、それが何らかの調性社会で齎されるマイナー9thコードであるという想起までは必要ないのです。勿論、Fm9をドリアンとして見立ててそれを「ディグリー:I」と見るのであれば、「♭II」にG♭を根音とするドミナント7thが生ずる事は有り得ないのですが、Fm9と対極とする三全音の「C♭」を「Cm某《なにがし》」のコードに見立てる事も可能ではあります。しかし、此処ではチック・コリアは想起される架空のコードは凡て「硬減化」させて考えている様です。


 そこでex.1のピアノ・ロール画面を見てもらう事にしましょう。CDタイムは5:07〜辺りとなります。パッと見て判るのは、背景の和音がFm9であるにも拘らず、臆する事なくfis=ges音、h=ces音も出てきます。d音が出て来るのはドリアン由来ならば想起に容易い音ですが、初・中級的なモード奏法を会得している人でも、こうしたアウトサイドな音をマイナー・コード上で使う為のボキャブラリーを持っている人は稀でありましょうし、使いこなせる人も相当少なくなるものです。

ex1KingKockroach.jpg


 そこで私が示している番号の音形の部分を探ってみる事にしましょう。「1番」としている括りの音群にある色枠で囲んだ音が当該音を示しております。つまり「1番」で現れる4音=英名:C、F、G♭、B♭はG♭の硬減長七と見る事が可能であり、「F=ディグリー:Iからそ見た時のG♭=♭II」と見る事が出来るのであります。

 同様に、「2番」の括りの音群の内の色枠の3音=英名:E♭、C♭、FはC♭の硬減三和音と見る事が出来、「F=ディグリー:Iから見た時のC♭=♭V」と見る事が出来る訳です。

 これに依り、チック・コリア自身はFm9という一つのコードの中で「I - ♭II - ♭V」という架空の和音を想起してアプローチに幅を拡げているのであります。

 また、背景にFm9とし乍らも、その和音の単音程に収まる基本形=すなわちFm7という形からrelativeに音を追う、即ちこれは濱瀬元彦著『チャーリー・パーカーの技法』を読めばrelativeに追って行く=順次3度下に追っていくのと同様の、バップ的なアプローチでありまして、これは先の『チャーリー・パーカーの技法』よりもエドワード・リー著『ジャズ入門』の方が簡単で判り易いかもしれません。

 更に、私が過去の記事でも語っているように(ブログ内検索をかけて見てください)、これらの音を俯瞰した時、F音を基音とするミクソリディアン+エオリアンのハイブリッドから生ずる音脈でもあり、FエオリアンとFミクソリディアンが合成可能な状況となると、これはパーシケッティ流の「投影法」と同様、つまりミラー・モードによるポリ・モーダル・アプローチも併用しているという事が判るのであります。


 投影法というのは、一義的な調性社会での和音進行のそれとは異なり、「平行」への挙動が齎す物であります。それは追々語る事になりますが、平行を見つめる動機はそもそも調性の枠に収まっていないので、音脈は一気に拡大するのであります。こういう音脈は、同主調(長調・短調)の行き交いを会得し、「その後」多様な行き交いを見つける事になり、結果的に平行に依って得られる動機や、近似的なテトラコルドの連関性などによって導かれた新たな情緒なのでありまして、それを体系化すると、従来のチャーチ・モードの対称関係(ミクソリディアンの対称がエオリアン、アイオニアンの対称がフリジアンという様に)が浮かび上がるというのも数ヵ月前に譜例化したばかりですので記憶に新しい方も居られるかと思います。


 ドミナント7thコードですら多義的に、すなわち平行への挙動を見る様にして響きを捉えるのですから、ドミナント7thコードの役割というのは、トニックへの進行という強烈な挙動ばかりではなく、静的なドミナント7thコードの用法というのも実はかなり進んで来ているのであります。Best_of_SOS.jpg


 例えば、スウィング・アウト・シスターの曲「Now You're Not Here」のサビ前の部分は好例です。それが次のex.2です。



ex2NowYou'reNotHere.jpg

 上段はボーカル・パート、下段はピアノ・パートですが、権利面の都合の為リズム譜で伝えるのはご容赦を。先の例はピアノ・ロールでしたけれど(笑)。

 扨て、「Now You're Not Here」の当該部分はCDタイム1:07〜の部分を抜萃している物なのですが、これらのコード進行は、表記してあるG△7までの一連の物はドミナント7thコードを弄くり倒した進行です。G△7の直前の和音はとても重要なので後述しますが、まずはEm7(on A) -> A7の部分を語る事にします。

 G△は調号が示す様に、ニ長調のサブドミナントです。トニックではありません。つまりKey=Dを基準に見立てればIIm7/G -> V7という風に進行を蹂躙しているのであります。寧ろA7に対して先行するEm7(on A)は、それこそ基底和音の存在を葬り去ってしまう劣悪な表記、A7sus4(9)という様な「sus4的」な中性間を漂わせている様にも聴こえますが、これが「中和」の様に聴こえるからと言ってsus4のそれと同一視してはならないのです。ですから基底和音とやらが長短増減の和音の体として坐す存在ではないのに、sus4という機能の稀釈化した音に対して単音程の領域は疎か複音程の方まで和音を重畳して、5・7・9度とでは3度累積を作っておいて基底部分は3度累積をスポイルさせつつ基底和音の地位を与えようとする和音表記というのは大変馬鹿げていて、こういう発想に及ぶ事自体が楽理面の浅学ぶりを発揮しているのではないかと思う事頻りだと以前にも私が口角泡を飛ばし乍ら語っている處であります。


 扨て、重要なのは三つ目の「D7(♭5、9)/A♭」というコードです。この表記は非常に取扱いに難儀する所ですが、とても重要な所なので凡ゆる面から考えると、このコードは先の一義的な捉え方よりも別の、3つのコードに細かく分けて考える必要が出て来るのであります。此処には、弱勢に現れる短い音価の和音外の音が存在しようとも、それを和音構成音としてカウントせざるを得ないとても重要な例だからです。


 先の一義的な表記として取り敢えず充てた「D7(♭5、9)/A♭」という和音ですが、これはつまり、本体D7(♭5)の根音から見た時の三全音の音であるA♭音をベース音にしているという点が先ず稀なケース(他にもありますが)という所に加え、5度音は♭5thであり、私がこうする時は決して♭5th ≠ #11thなのであります。つまり、こうした♭5のコードには4度音=11度音の存在をきちんと配慮しているが故の事なのですが、これは「硬減和音」と同義の和音と見て欲しいのです。これは高次なジャズ/ポピュラー方面で駆使している用法のそれを硬減和音の同義として捉えなくてはいけないジレンマのある部分だからです。

 本体をD7(♭5)とした場合、それは硬減七の和音です。七度を除いた硬減三和音の部分を見ればd、fis、gesとなる訳ですから、これが減三和音の変化形であるのが本来の硬減和音の出自であるので、d音のrelativeな方面の、その減三和音に付随する筈のドミナント7thとして根音、つまりB♭に本来ある筈の硬減和音として変化する前の減三和音が属七和音として体を成す為の根音がある筈の音となる訳ですが、この箇所にB♭音は一音兮とも現れません。B♭音を根音とするドミナント7thコード形式では表記できない状況であるのと同時に、作者とてB♭音を根音とするドミナント7thコードとは意図してはいない事でしょう、アンサンブルに現れない音なのですから。

 ですから「d、fis、ges」という、本来はそれらは減三和音から変化した音なんだけれども、それら3音をドミナント7thコードの第5音が半音下がったという、つまりD7(♭5)と見做して先ずは表記する、という事で、ジャズの硬減和音のジレンマとは、硬減和音をディミニッシュ・トライアド出自とは捉えずメジャー・トライアドの第5音が半音下がったものと考えるケースが多々有るという事を踏まえてほしいと思います。こうした所が慣例化してしまっているので、♯9thの出自とか短音程の両性具有的な呼び込みから由来しているという事が忘却の彼方へと葬り去られ、軈てはジャズ理論とやらを語る時、著者の手前勝手な解釈が横行する様になるのがジャズの悪しき側面でもあるのです。それは、過去の西洋音楽をも含めた体系を軽んじているから、こういう矛盾を生じ乍ら「いいやいいや」で済ませてしまっている一面でもあるのです。

 ※ボーカル・パートのリズム譜で示している音名の内「ges音」という表記がありますが、コード表記を「D7(♭5、9)/A♭」としているのならばges音ではなくfis音が適切では!?と疑問を抱く方もおられるかもしれません。しかし、私はその分数コードの分子の部分を基準として見立てているのではなく、ges音は基底音A♭(as音)由来の音と判断しているので、この様に表記しております。これについて相容れない方がいらっしゃるのであれば、各自脳裡にて異名同音変換を行っていただければ幸いですが、私なりの意図があっての事ですのでその辺りも勘案していただければ幸いです。

 扨て、「D7(♭5、9)/A♭」というコードでは、やはりこの曲の最大限の特長を活かし切れていない表記となってしまいます。とはいえ「硬減和音」を具備しているという点は重要な理解です。

 この曲はかつてTVドラマの主題歌としても採用されたためヒットし、チラ見程度でしか記憶がありませんが、雑誌に譜例やバンスコのピース譜が出ていた様な記憶があります。しかし私はそれに目を通しておらず実際にそれらでの表記がどういう風になっていたか等に倣うつもりは毛頭ありませんし、おそらくその手のスコアというのは私の述べている和声的なジレンマとやらに則った表記は先ずしない筈です。

 何故なら、アンサンブル全体としての「和声的な」響きでド・ミ・ソ・シ・レという響きがあったとします。主旋律が「レ」を歌っている時、このコード表記はCM7で十分なのです。「和声」と「和音」は違うのです。私は常に「和声的」に述べているので、バンドスコア系の「和音表記」のそれと私の和声的な説明を一義的に捉えないでいただきたいと思います。私は、コード表記とやらの慣習は知ってはいても、和声的な側面を語らねばならないのに和音表記に倣うつもりは毛頭ありません。それらが慣習と違っていても、多義的に見つめる事の出来る知識の方を読み手の方は養っていただきたいと思う事頻りです。

 という訳で、「D7(♭5、9)/A♭」という表記が、ポピュラー慣習に於いては最も適切な形である筈なのですが、これは、下段のピアノパートのリズムと、ボーカル・パートの符割の上に音名を附している事からお判りになる様に、オレンジ色で示したg音をボーカルは歌うのです。すると、D7(♭5)から見た本位11度音を歌った事になるので、ここに坐す和音が#11系の音である筈がない、という事も同様に判る筈です。しかし、鍵盤から見た動きとしては「D7(♭5、9)/A♭」をガツンと白玉で鳴らすのではなく、和音表記上部に示した別の表記として奏しているのが本曲を聴けば瞭然である事でしょう。


 つまり「D7(♭5、9)/A♭」という表記は、上部に示した「緑→桃→橙」という色で示した和音として静的な進行を繰り広げているのであります。

 つまりA♭7aug(緑)から始まり、D7(♭5)/A♭(桃)→C△/F#/A♭(橙)という風に進行しているのが、本来の明快な動きであるのです。

(緑)・・・英名:C、E、F#音の硬減三和音
(桃)・・・英名:A♭、D、F#の硬減三和音
(橙)・・・英名:C、E、F#音の硬減三和音

という、硬減和音の断片を使い乍ら一つのコードの中でトランスフォームさせているのです。このトランスフォームは先のチック・コリアの「I - ♭II - ♭V」にて逐次硬減和音を嵌当させたそれと同様のアプローチなのです。

 こうした理解に依って、弱勢(=弱拍乃至裏拍)であろうとボーカルがg音を歌うの整合性が漸く理解出来る筈です。

 この部分のフレーズは、曲冒頭のイントロではライトモティーフとしてピアノで「a - fis - g」という風に奏しているので、このライトモティーフが実際には変形されて実際には和音の都合上から「as - ges - g」と歌っている所をきちんと耳にして欲しいと思います。イントロの強烈な記憶から、曲中のボーカル・パートのメロディを歪めて理解してしまっている人がこれまで私の眼前にはとても多く遭遇した事でもあるので注意して耳にして欲しい所です。


 つまり、これらの事から今回要約できる事は、一つのコードに対してバップ・イディオムの様にツーファイヴを嵌当したり細分化するだけではなく、同種のコードや硬減和音を巧みに使ったトランスフォームという用例なのでありまして、これらを知る事で、「和音の中で和音の外の音を遊ぶ」という事少しでも熟知することの助けとなれば宜しい哉、と思って述べている訳であります。

image.jpg そんな訳で漸く投影法の音脈を語る様になる訳ですね。色んな所で音楽理論を語られている方は多いですし、殊にリディアン・クロマティック・コンセプトを批判しようものなら関係各所から何故かお叱りを受けてしまうのがアレなんですが(笑)、根拠も示す事もできぬままリディアン・クロマティック・コンセプトを有り難がる様な輩など私はハナから相手にしていないのでご容赦を。で、どうでしょう。ネットで音楽理論方面を検索するのは宜しいかと思うんですが、例えば2ちゃんねるとかでへばりついて居て、こうした方面に辿り着けた事ございますか?時間だけを無駄にしておりませんでしょうか?巨大掲示板で語られている事が多数の声!とばかりに、それを一義的に捉えて理解されてしまっては私としては甚だ迷惑です。

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