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D→S進行など [楽理]

 扨て、D→S進行つまりドミナントからサブドミナントへ進行するという事は、通常の和音進行としては相当に自然な進行から背いているものでありますが、2015年に入ってから私も何度か君が代とか、旋法性のある曲に於てそれほど不自然な物だろうか!? と例を挙げたりしてきた物ですが、ドミナント和音からの進行が五度下方進行をしない事の事実を受け止め乍ら、ドミナント7thの多義性を色々語って来ている訳なので、そうした私の意図する所は感じ取れるだろうと思います。


 茲で私がレコメンドしたい小論があるのですが、これまで私が述べて来ている事が剽窃と思われるのも癪なので、敢えて紹介をしたいと思う物があります。嘗て戸田邦雄が洗足学園大学教授時代に小論を残しているのですが、それが、洗足学園大学洗足論叢『Ⅴ─Ⅳ進行についてのノート(和声学教授上の一問題点に関する検討)』という物です。

 題名からもすぐに判る通り、和音進行に於ける「不自然」と括られる向きの側面を徹底的に調べている物で、ある程度和声感覚が習熟されている方なら必読となる事でありましょう。公共図書館に行けば原書や複写サービスなども受けられるでしょうし、何等かの形ですぐにアクセスが可能な物ですので、2015年GW期間中図書館に赴く予定のある方は是非共この素晴しい小論に触れてみてはいかがでしょう。


 小論冒頭から舌鋒鋭く国内の安易な理論体系を批判し(フランス・ドイツ和声などと括っても実際にはそこまで大別はできない)、理論的解釈の一義的に纏めようとする事の陥穽や音楽観よりも思弁性だけで和声的に考察する様な状況に歎息し批判する。前掲著書からの比較考察の鋭さに瞠目する事頻り。端的且つ深い観察に深く首肯するばかりで、まさに必読に価するものです。

 今回私がレコメンドしたいのは、戸田邦雄がその当時流通している音楽書を比較考察の論述の内容ではなく、考察に用いられた音楽書を列挙しておくという事であります。勿論小論の方ではⅤ→Ⅳ進行について言及している・していない音楽書を纏めているので、詳しくは原書に触れていただく事にしたいと思います。

 
 私が戸田邦雄の紀要論文に触れる様になったのはATARI 1040ST、Macintosh Ⅱciを手に入れてからの事でした。私自身がドミナント7thコードの多義的な進行の例について色々と研究していた事もあったのですが、最初はジェフ・ベックの「Star Cycle」がキッカケになったでしょうか。抑も私は「Star Cycle」という曲は嫌いではないにしても特別好きな曲には感じておりませんでした。少なくとも1986年のジェフ・ベック、サンタナ、スティーヴ・ルカサー等の軽井沢ライヴを観る迄は。私の記憶が正しければ、当時のStar Cycleのシンセ・ベースのリフはムーグではなくDXベースだったと思います。またDXベース・サウンドも合うんですけどね(笑)。

 ドミナント7thコードの「多義的」な側面の進行ですから、Star Cycleを再認識し、その後五度下方進行にあまりに卑近に感じる様になった時から時を重ねて、友人のアドバイスを通じて先の紀要論文に辿り着いた時は、実に嬉しいものでした。


 今春、藝大での教本が舊來の物から変わるという事のタイミングと相俟って、この機会に是非レコメンドしておこうと思って今回のブログ記事としている訳です。勿論、洗足論叢の存在を知っている方からすれば、私がブログにてなかなかその存在を明らかにしない姿勢を恰も既出の紀要論文をヒントにブログで剽窃行為を繰り広げているかの様に誤解されるのも不本意なもので、タイミングを見計らって紹介しようとしていた訳なのでその辺りはご理解願いたいと思います。


 扨て、戸田邦雄が小論に於て紹介している音楽書は次の通りとなります(掲載順)。


●長谷川良夫著『大和声学教程』(音楽之友社)
●東京藝大(池内友次郎・長谷川良夫・石桁真礼生・松本民之助・島岡譲・柏木俊夫・丸田昭三・小林秀雄・三善晃・末吉保雄・佐藤真共同編集 島岡譲執筆責任)『和声 理論と実習 Ⅰ〜Ⅲ』(音楽之友社)
●リムスキー=コルサコフ著『和声法要義』(音楽之友社)※現在はAB合本
●諸井三郎著『機能和声法』(音楽之友社)
●ヒンデミット著『和声学 第Ⅰ巻』(音楽之友社)
●テオドール・デュボワ著『和声学 -理論篇-』(音楽之友社)
●ウォルター・ピストン著『和声学』(創元社)※現在はピストン/デヴォート『和声法』(音楽之友社)
●下総皖一著『標準和声学』(音楽之友社)
●池内友次郎著『和声構成音(Ⅰ)協和音』(音楽之友社)
●中村太郎監修、加藤直・溝上日出夫・石田純雄著『作曲法入門』(カワイ楽譜)
●モスクワ音楽院共同編集『和声教科書』(ソ連国立音楽出版所)
●外崎幹二・島岡譲共著『和声の原理と実習』(音楽之友社)
●トゥイレ、ルイ著『和声学』(音楽之友社)
●シェーンベルク著『Harmonielehre』(Universal Edition)※文中には訳書なしとあるが、実際には完訳ではないが山根銀二訳に依る「読者の為の飜訳」社から『和声学 第一巻』として上梓されている。英訳版であるカリフォルニア大出版の『Theory of Harmony』p.137の「Deceptive Cadences」でのfig.84以降の譜例などが当該部分となる。
●シェーンベルク著『和声法 [和声の構造的機能] (Structural Functions of Harmony)』(音楽之友社)※国内出版では上田昭訳に依る物。旧版・新版があり新版に正誤表添付有り。前述の『Harmonielehre』とは異なるので注意。
●フーゴー・リーマン著『Handbuch der Harmonielehre』(ブライトコプフ・ウント・ヘルテル刊)
●ハインリヒ・シェンカー著『Harmonielehre』(※本文では独原語にて『Harmonie』としているが、私の手許のユニヴァーサル・エディションにてレコメンドしているので微妙にタイトルと頁割り振りが異なる。ユニヴァーサル・エディションの296頁§(セクション・サイン)121参照。
●フェリックス・サルザァ著『構造的聴取─音楽の調性的関連性』(Dover Publishing)


●有賀正助著『和声概論 三訂版』音楽教育研究協会刊(代表:池内友次郎)第6課 終止法 49ー1ー
偽終止SーTの用例で「完全終止の代用」としてⅤーⅥ進行を例示。


●シュテール著『和声法』全音楽譜出版社刊 165頁「偽終止(Trugshluss)」

「属和音から主和音に至って終るのではなくて、他の和音または調所属外の和音に至る場合をいう。大抵はⅥ階に至るのが普通であるが(重複終止形20頁参照)※←実際には22頁の重複終止形」

22頁の重複終止形ではⅤーⅥ進行を例示しているだけだが165頁の2つの例は多義的な属和音の進行を学ぶ事の出来る非常に興味深い例示。


 私自身が現在も所有していないのはソ連国立音楽出版所の物で、それ以外は幸いにも手許にある訳ですが、当初の私にはこれほどの数を揃えておらず、舊・藝大和声、外崎・島岡、ヒンデミット、シェーンベルク、ピストン、トゥイレ、池内友次郎位の物でした。戸田邦雄の小論を読んで以降、同じテーマでも異なる書物の異なる角度からの多義的解釈から得られる事が相当多いという事を学び多くの音楽書を手にする様になった物でした。この頃は既に90年代に入っており、濱瀬元彦著『ブルーノートと調性』も上梓されていた時代になっていたものでしたが。


 そんな訳で、ドミナント7thの決して一義的ではない進行のそれに深く興味を持つ事が発端となり、その後戸田邦雄の小論が後押しとなったという訳です。とはいえ戸田の小論も今となっては古い物ですからそちらの方で触れられていない(比較考察されていない)他の音楽書に掲載されている偽終止の側面をこの機会に私が取り上げてみる事にしました。参考になれば幸いです。



 例えば、クレール著 片山穎太郎訳『和聲學』(高井楽器店刊)の180頁《下属和音の方へ転ずる語法に於ては、しばしの躊躇、いぶかしさを持つ逡巡が一貫せる気分を中断して表出するのに驚異を齎すのである》とあり、次181頁で例示される譜例中にはドミナントからサブドミナント・マイナーの例を挙げている所が好ましい点であろうと思われる。ここでのサブドミナント・マイナーの役割の和音はハ長調域でのA♭を根音とするマイナー6thコードという風に見る事が出来る。

 一般的には突飛であるⅤ─Ⅳ進行は、Ⅴ─Ⅵからの代理的置換というシェーンベルクの言葉からはその源泉となる姿を次の様な例からあらためて窺い知る事が可能。

 属啓成著『作曲技法』(音楽之友社刊)13頁の「偽終止と複合カデンツ」の項ではドミナントからⅥを経由してのⅣを説明している。

 同様にドミナントからⅥという柔和な偽終止の世界観を長谷川良夫著『大和声学教程』41頁にて語られている。又ドミナントの7度音が4度下行する事が可能という点が応用可能な物として理解し得る所。


 下総皖一著『和聲學』(共益商社書店刊 昭和10年初版)49頁で取扱う偽終止は、Ⅴ─Ⅵを主体に「Ⅴ─x」と併記している所が特徴で、《主和音以外の同調の某和音(多くの場合Ⅵ)又は他調の和音に進み入る》という部分。

 同氏に依る『新訂 作曲法』(音楽之友社刊)74〜75頁、第2章和声第10節非和声音にて取り扱う補助音にてⅤからⅥへの用例を挙げている。

 更に同氏に依る『標準 和声学』(音楽之友社刊)第1章第5節「和音の連結」にて、《属和音から下属和音に進む和音連結は楽曲の中にはあまりない。然し和音連結の練習としてその形もやって置いて差支えない》と述べている。


 松本民之助著『作曲法』第二編「和音連結と非和声音 第二章 主要三和音と副次三和音の連結」130頁にてⅤ─Ⅵを主たる例にし、順次的な進行は並進行を生み連続五度を生み易いので上三声とバスを必ず反行させる様に述べている。その後135頁にて偽終止を語っており、Ⅵ度はⅠ度の代用という風に述べている。前述のシェーンベルクの更なるⅥとⅣとの代理的置換が如何に大胆な解釈であるかがあらためて判ると共に、主和音の色彩が平行短調方面、さらにリラティヴに下方三度へ代理的置換とコモン・トーン(和音の共通音)の連関を便りに追って行くその様は、主和音の暈滃《うんおう》を実感させられると共に、その機能の稀釈して行く様も現実に則しているので大いに首肯出来る点でもあるのが音楽の醍醐味のひとつであると思われる。

 ヤン・ラルー著『スタイル・アナリシス 1』140頁「(5)拡大された調性 3. 新旋法性」にて、Ⅴ─Ⅳではないが、非常に示唆的な興味深い進行を取り上げており、Ⅴ♭─Ⅰ(※変記号が先にある方が望ましいが和訳版ではこの様に記載)進行のそれは大変興味深い。私が嘗てチック・コリアの投影法を「Ⅰ─♭Ⅱ─♭Ⅴ」とした根拠も茲にある。


 マルセル・ビッチュ著『調性和声概要』29頁「77 偽終止」にて《属和音から主和音以外への連結》としており、譜例以外に限らないと多義的な解釈にしている。導音の順次下行に依る例と転調に依る偽終止の2例例を挙げているがこれらの例に限らないとしているという事。


 コルネーダー著『通奏低音の奏法』64頁「偽終止」にて、譜例ではⅤ→Ⅵを扱っているものの、「あまり良くは無いが」と前置きした上で、「長調に於いてのみ可能な導音が下降する」という用例を挙げており、注目すべき一文。


 田村範一著『音楽概論』は151頁にて、機能和声でのⅤ─Ⅰで顕著な五度上進行が起る以前のⅡ─Ⅰ、つまりランディーニ終止を取り挙げつつ(ランディーニ終止は導音が第6音に進んでⅠに解決する)、ex.218の幾多の終止の例の中で偽終止を4例挙げており、その中の物はⅤ─Ⅵが主たるものだが、V─Ⅰ7の記述は「IVのV」の事であり、こうした論述は興味を惹く。


 菊本哲也著『新しい音楽通論』(全音楽譜出版社刊)は175頁にて、
Ⅴ - Ⅳ(D - S)の連結はDの機能を無視したものであり、実際に不快感をともなうのであまり使用しない方がよい。

と語っており、ドミナント機能を無視という風に踏み込んで語っている点が良いのだが、その後の「不快感」という風に主観的表現に収まっているのは惜しい。機能和声的社会から鑑みれば確かに「後味が悪い」感はあるかもしれないが、この様に、調性を直視せざるを得ない局面での言葉の表現は、どうしても限りがあり、非機能的社会の枠組みをも俯瞰するかの様に、機能和声社会での見渡しをあらゆる方面の尺度として理解してしまわない様、理解には注意が必要な訳です。

サルヴァドール・ニコローシ著『古典純粋対位法』

Ⅴ - Ⅰによって生じる回避終止は、ザルリーノにも禁じられた増4度対斜を起こすので、やはり禁じられるべきであるが、多声音楽では実際、方々に見られるので、禁則とするほどの権利はないだろう。ただしこの連続に関しては、場合によって潜在の変化記号の結果として生じるので、現在では不明分な場合もあるかも知れない。しかし、潜在の変化記号が不要の場合、または作曲家によってわざわざ臨時記号が付けられた場合には、Ⅴ - Ⅳの連続が意識的に応用されたことは確かである。


 シェーンベルク著『作曲法入門』(カワイ楽譜刊)32頁にⅤ─Ⅵの用例を掲載。


 ヤダースゾーン著『和聲學教科書』(大阪開成館刊)319頁での121頁ex.187用例解説にてⅤ─Ⅵの連結を触れている。


 外崎幹二著『和声の分析』(音楽之友社刊)21頁「2 偽終止」にてⅤ─Ⅵの例を挙げており、323頁(g)の例題で短調でのⅤ─Ⅳ進行の用例を載せている。


 ディエニ著『生きている和声』(音楽之友社刊)236頁「(5) 屈折終止」においてⅤ─Ⅵの例を挙げつつ、Ⅵ度和音のコモン・トーンとしてⅣ度上の九の和音(ドビュッシー『亜麻色の髪の乙女』)を例に挙げている所は一読の価値有り。


 シャイエ著『音楽分析』(音楽之友社刊)128頁「B.見掛けの転調(調性の借用)」にてⅤ─Ⅳの例があり、《その原理は和声に於ける「刺繍音」の原理と同じ》と述べている所が大変興味深い。つまり茲では転調の作用として捉えられた物。


 パーシケッティ著『20世紀の和声法』(音楽之友社刊)78頁「第3章三度構成の和音 十一の和音と十三の和音」の章の譜例3-35にて二度下行する箇所が2箇所あり、当該部分の進行は注目に価する。


 シャルル・ケックラン著『和声の変遷』(音楽之友社刊)116頁「第七章 転調〜終止法」譜例ex.414にてビゼーのカルメンを例に「阻碍終止」即ちⅤ─Ⅳを語っている。加えて同著221頁「第十章 多調音楽-無調音楽」に、オネゲルの言葉を引用する。《彼は全ての和音を属和音の十一・十三の和音と見、(中略)彼によればすべての単一の音は属音であり…》

 『調性音楽のシェンカー分析』59頁《バス・ラインと和声構造》の脚注19は「Vが目標点であり、トニックが目標点ではない」という風に説明があり、後続のⅠはⅤの解決の為ではなく第2フレーズの始まりである、という所は深く首肯し得る。

 ディーター・デ・ラ・モッテ著『大作曲家の和声』177頁の「トニカ自身は属和音による最後の半終止までは二度と響かないようにする」という示唆的な連結を語りつつヴィルヘルム・マーラーに依る機能体系化された諸和音を挙げているのは応用範囲が広い。

 こうした側面からも属和音の多義性を含んだ解釈が進んだという根拠が得られる事でしょう。
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