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特殊な和音外音の想起 [楽理]

 扨て今回は、和音構成音である第11度音の特殊な用例を取扱ってみようかと思います。今回のこうした意図は、先にもメロディック・マイナー・モードのⅣ度上の六声の和音(長属九+増11度)に通底している事でもあるのですが、所謂ジャズ/ポピュラー音楽方面での11度音の取扱というのは、閉塞した所があるので、そうした制限から更に歩を進めた内容にして語る所にあるのです。


 ジャズ/ポピュラー音楽界隈での「閉塞」した取扱というのは、例えば長和音上または属七の和音上の本位11度音の取扱いひとつを取上げても閉塞した状況にあるとも言えるでしょう。本位11度というのはその名の通りナチュラル11thである訳ですが、基底和音となる長和音の響きの明澄感を維持する為に大抵の11度音は♯11thとして扱っているのがジャズ/ポピュラー界隈の不文律とも言える物です。

 なぜそのようにしてしまったのかというと、ジャズ/ポピュラーというのは主旋律を除いた他の声部というのは、サブのメロディの様に動いているものなど少なく、単にリズムを刻んで和音構成音を奏でているというものが非常に多い訳でして、それこそ主たるメロディに別のメロディが潜んでいるかの様な西洋音楽の様に絡み合っている形式に遭遇するのはまず無い事でしょう(笑)。換言すれば、それだけ「和音」の響きに力を借りているのが現状なのです。ですから、その和音の本質である響きを損う様な響きであると途端に使い辛くなってしまうという訳です。


 例えばジェントル・ジャイアント(以下GG)のアルバム『The Power and The Glory』収録の「No God's A Man」ですが、これは私も嘗てのブログ記事で取上げた事もありますが、通常なら抜萃しなくても良いギター由来の部分音などを排除すれば、この曲でとても特徴的な和音は「附加四度・長七の長和音」なのであります。簡単に五声で表すならば、下から「e - a - dis - gis - h」と弾けば実際のアンサンブルとは違いますが、これで当該曲の和音の響きは掴めるだろうという事でつい先日もこうしてあらためてTwitterで語っていた所でありました。過去の記事はこの和音に対して更に他の部分音を附与している解説だったのです。


 今回はGGの当該曲をあらためて取上げるのではなく、11度音、特にジャズ/ポピュラー界隈の方でも異端であると思しき和音を例示するのでありまして、その和音には、少なくともアーサー・イーグルフィールド・ハル著『近代和聲の説明と應用』を今一度目を通して貰えれば、依拠するそれがトンデモでない事はお判りいただけるかと思いますし、この手の奇異な響きに対して尻込みする必要のない下支えとなって呉れる物であるでしょう。

 小松清訳の同著101頁の「九の和音」の項を読めば、不等3度に依って11度・13度と積み上げて行くそれを許容している解説としているので、ハルが譜例に示していない類の和音でもそれは許容すべき新たな響きな訳ですが(だからこそハルの譜例はetc.と注記している)、3度音程連結に依る和音が、現今のジャズ/ポピュラー界隈に於てもあまり使われる事のない和音だからと尻込みする必要はないという確固たる下支えを得る為には、新しい響きを獲得する上で基底の和音ばかりに拘泥せずに「上と下とのメリハリ」として見立てる事が肝要である訳です。


 既知の和音構成の在り方に呑み込まれてしまいそうな事など、例えばチック・コリア・エレクトリック・バンドの「Flamingo」で用いられる和音をひとたび思い返してもらえれば瞭然でしょう。通常、短和音を基にした場合、短七度を附与する事はあっても短九度は「アヴォイド」と覚えます。ですからマイナー7thコードに短九度が附与された和音は無いと思い込んでしまいます。

 処が和音構成音はそれと全く同一であるのにニ短調に置いてB♭7/Gという和音が「Flamingo」ではチック・コリアがこの様に本人監修で楽譜に明記している例に遭遇する訳です。B♭7のコードでの短七度音=A♭音がブルー五度(属音より半音低い)をモード組織として使っているが故の和音だからであります。このコー度をGm7に短九度が附与された物と見るのは既知のコード表記のそれからも不自然である事は分ります。その意味はG音を基にする短和音としての響きは短九度=A♭音を附与するとGmとしての響きが損われるが、「B♭7/G」という響きはアリなんだ、という事の裏返しなんです。

 こうした用例ですら普段は見掛ける事が無い物ですから、こうした和音の響きすら受け止めないどころか、遭遇した日には使用者をトンデモ扱いしかねない訳です。よもやこの使用者がチック・コリア以外の、その辺の何処の馬の骨かも判らぬ様な者が使っていれば、和音表記の仕来りの側からの閉塞した考えを持つ輩がおそらく断罪するに違いないでしょう(笑)。


 因みにチック・コリアはマイナー・メジャー9thコード(短和音+長7度+長9度)に対して本位13度音(=長13度)を附与する和声をジョン・パティトゥッチの同名1stアルバム収録の『Baja Bajo』で用いております。

 短和音上で13度の和音を用いる場合、それが全音階の総合(総和音)として進行を逡巡させぬ様に、11度音をスポイルさせる事が多いのですが、11度音も併存させた場合、それはポリ・コードが2つ、若しくは3つある状況とも考える事も可能なのです。但し、そうした全音階の総合から、後続和音が先行の調性を保ったダイアトニック・コードであれば根音だけが変っているだけの事で「進行感」は限りなく稀薄な訳ですから、後続和音にメリハリを付けるならばノン・ダイアトニック・コードが望ましいとも言える状況であるのが総和音とも言える訳です。

 こうして、11度音や13度音に尻込みしない為の根拠というのは少なくともハルの著書を熟読して貰い度いのでありますが、それ自身要約され過ぎて言葉が少ない為、根拠とする為の予備知識にも浅い人からすると「この解説で本当に大丈夫なのだろうか!?」と不安になりかねない訳です。ですからジャズ/ポピュラー音楽はその後、先人達の使って来た音ばかりを顰に倣うばかりで、後は音を詰め込むかの様に逃避しているのが現状な訳ですね。どこかで聴いた落語をパクって単に早口で話しているだけの様なのとか。


 今回私が次の様に例示するサンプルのモチーフには、多くの「示唆」があります。今回のサンプルに於て重視する点は冒頭の4小節。サンプル音源の方も全部で7小節しか抜萃していないオリジナルの物ですが、「示唆」に富むとしたのは、要所要所のコード表記或はコード表記からの脈絡からは縁遠い筈の和音外音やらを見付ける事が出来る事でしょう。その4小節の間には11度音の取扱いやら和音外音の取扱やら、所謂一般的なジャズ/ポピュラー音楽の範囲だけでは得られないアプローチを伴わせているという事が「示唆」なのであります。

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 扨て、1小節目のDm9ですが、通常Dm9と曲冒頭に於かれれば、それが主和音であろうがなかろうが一般的なジャズ的解釈ならばDドリアンを想起する事でしょう。又、少々突飛なアプローチとして、和音上にはない「自由度の高い空間」として恰も「♯11」を附加させるとDm9という基の和音は疎か、♯11th音をコモン・トーンとして見立ててFmM7を併存させるかのようなアプローチも採れると云えば採れますが、今回はもう少し違うアプローチで和音外音を得ています。

 シンセ・リードは上下2声に分れているのは明白ですが、まずDm9の上声部にC#音が1拍目に現れるのは、既に「投影法」を見越しております。すなわち、Dm9の5度音であるモード=A音に対してエオリアン or ミクソリディアンを見越しているが故の投影法で得られるC#音です。つまりこのC#音はAミクソリディアン由来で、ミクソリディアンの投影がエオリアンという事を意味する物で、これについては以前にも投影法にてこっぴどく説明しているアプローチなのであらためて語る必要はないと思いますので、Dm9のシンセ・リードか声部を語る事にします。


 シンセ・リードの下声部のフレーズは単に、私がベースでソロを採った場合に想起し得る音脈を、上声部の音形とほぼ同型となる様にして採った音脈であります。勿論脳裡ではシンセ・リードの上声部を映じ乍ら、それに対して下でアウトサイドさせてハモる、というアプローチであります。おそらく一般的な解釈ではDm9でこれらの様な和音外音を得ようとする事は難しい事だと思います。

 Dm9上のシンセ・リードの下声部2拍目のG♭音に注目です。これは決してF#音ではありません。F#音であろうとG♭音であろうと、音として聴こえて来るのはDm上に恰もメジャー3rd音に等しい音が鳴っている訳ですね。然し乍らこれは「減四度」なのです。その減四度は「下行導音」としてDm9の第3音=F音の為の導音として機能させているアプローチであります。ベースをやる人ならば却ってこの音脈の是とする所に多くの言葉を必要としないでしょう。且つ、このG♭音は単なる後続音の為の下行導音だけではなく、次の和音の暗示も兼ねているのです。無論、実際の音の機能としてこの下行導音が2小節目の後続和音まで余薫を漂わせている訳ではありませんが、作者としての暗示です。

 そうして下行導音としてF音に行き着いたと思いきや今度は順次上行していく訳ですね。半音階を用いる所は増四度の所であります。この増四度は、短和音のポリコードとして、先述した「Dmの上にFmM7がある」様な状況を示唆する物でもあるのです。何故か!? それは上声部がのっけからC#音を用いた事に依るアプローチを好意的に解釈して使った音脈であるのがG#音であるのです。

 そうすると今度は4拍目でB♭音が出てきます。通常Dm9に対して一義的にDドリアンを当て嵌める人からしたら、愚直ともいえる程の音ですが、これは後続和音を先取りさせた音脈でもあるのです。故にC音の後には「D♭音」が出て来るのでありまして、これは上声部が弾いたC#音とは異なる音脈である事が意味する「示唆」なのです。

 換言すれば、シンセ・リード上声部が冒頭で示唆したC#音を、下声部では4拍目でそれを異名同音にD♭音として後続和音のアンティシペーションとして使っている訳です。私がアンティシペーションのアプローチを下声部で採っているのはDm9の4拍目からでありますが、これがパット・メセニーならば3拍目からアンティシペーションを使って来る事でしょう。


 そうして2小節目となる和音は「G♭mM7(9、#11)」という、何とも見慣れない表記。然し乍らこの手の表記に馴れている人ならば、見慣れない和音であってもどういう構成音かはすぐに読み取る事は可能でしょう。

 このコードはいわばアーサー・イーグルフィールド・ハル流の和音でもありますが、もっとシンプルに判り易い見立てがあります。それが譜例下段に併記しているように、下にG♭マイナー・トライアド&上にFマイナー・トライアドというポリ・コードと見る事も出来て、私はこれをローカルな方面では「マイナーのペレアス」と呼んでいたりします。

 G♭mトライアドの第3音はB♭♭である為、譜例の和音もその様に記譜してあるのです。決してA音ではないのです。A音とする方が見易さは遥かに向上するかもしれませんけどね。然し背景にある楽理的な裏付けがそうは決してさせない訳です。

 この様な一見「異端」なコードに対して4拍目にはシンセ・リードの下声部がG音を経過的に使いますが、同時に「C♭音」も忍ばせているのはお判りかと思います。私は茲にE♭音こそ無いものの「E♭aug」の姿を仮想的に見ており、その増三和音を後続和音のモードの短調のⅢ度として見ている訳です。つまり3小節目の「Fm7(9、11)」というコードはⅣ度を想定しているという上で増三和音を滑り込ませたスーパー・インポーズとなっている訳です。更には、G♭m上でCマイナー・キーを想定しているとも言えるので、結果的には三全音離れた関係にある和音を経過的に忍ばせたとも見る事も出来る訳です。


 扨て、茲で見落としてはならない事はG♭mM7(9、#11)をポリ・コードとしても見る事が可能であったという事。つまり上にFmトライアドと下にG♭mトライアドという構成。これが3小節の「Fm7(9、11)」と続くとなると、Fmという和音は「掛留」状態にある様に映るかもしれませんが、実際には譜例下部に併記させている所から判る様に、3小節目に現れるFm7(9、11)という六声の和音は上にE♭△トライアド、下にFmトライアドというポリ・コードとして見る事が出来る為、結果的には先行和音の上声部にあったFmトライアドは後続和音下声部へ「倒置」として襷掛けとなり、同時に、先行和音下声部にあったG♭mトライアドは、そのリラティヴに現れる和音はE♭dimであって良い筈ですが、それを変化和音として見做し、変化和音から長三和音に戻す様な襷掛けとしてE♭△が現れる様に和音は進行している状況になっていると捉える事が出来るのです。

 Fmという構造は2つのコード間で共通音となってはいるものの、和声的な勾配は付けているので進行感は演出される訳です。


 扨て今度は4小節目のGm7(on C)→C7(♭13)を一挙に見る事となります。この進行を耳にすればややもすると「sus4」っぽい響きを感じるかと思います。Gm7(on C)が恰も「sus4」っぽい響きに感じるかもしれないという意味ですが、確かに和声的に俯瞰すればsus4っぽい響きがあるかもしれませんが、これはsus4の動きではありません。

 これをsus4と捉えてしまうからこそ、ヘッポコ理解に及ぶ様な所ではGm7(on C)をよもや「C7sus4 (9)」などと捉えてしまい、それは単にC音の上にG音を根音とする3度累積構造が現れるに過ぎないにも拘らずC音を基底和音と捉える愚かな和音想起をしてしまう事と同様の理解に成り下がる訳です。

 しかもsus4っぽく聴こえるその声部は、f - g - e と動いている訳で、決して f - e とは動いていない訳です。こういう響きをsus4と捉えてしまう莫迦共が、和音表記の利便性と和音表記に通底している本来の和音の在り方を混同してしまう訳です。莫迦共の考えというのは己に楽であるという事に依拠するだけで歪曲を繰返していくのです。そこに音楽的体系の配慮という物は無く、自身の身勝手な解釈が構成への足跡とばかりに思い込んでいるだけに過ぎない愚行なのです。


 そうした愚かな解釈を避けるからこそ、私は4小節目のコード進行を「Gm7(on C)→C7(♭13)」としている訳です。附け加えるなら、ドミナント7thに附与されるオルタード・テンション♭13thもaugと混同される類の物でもありますが、augという増三和音は第5音のオルタレーションであるべきなので、それが♭13th由来では決して無いのです。ですからaug表記などしていない訳であります。それがaugであっても良い時は、私はaug表記をこれまでのブログ記事にて示しているので、決してそれらを混同せぬようご容赦を。

 亦、C7(♭13)でのベースは、コード表記にて(♭13)と注記しているにも拘らず、4拍目の8分裏では本位13度音に等しいリラティヴなA音を弾いておりますが、これは5小節目の後続和音F△7の第3音のアンティシペーションなのですが、同時にC7(♭13)の♭13th音と長七度を作る事を期待しての事でもあるアプローチなのです。

 
 尚、今回最も重視すべき点は、一般的なコードとも言える「Dm9」で如何に思慮深い和音外音を得るかという点と、Dm9からの異端とも言える後続和音への対比を伴うプロセスでの多様なフレージングという点をあらためて吟味してもらいたい所です。

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