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微分音の「訛り」 [楽理]

NEO_GEO.jpg 折角微分音の話題を語って来ていた所なので、Twitter上の方でも呟いておりました坂本龍一のアルバムに収録されている曲での微分音の用例をあらためて取上げておこうと思い、今回こうして別記事にて語る事にしたのですが、今回取上げる微分音使用例の曲は、過去に語った事もある「夜のガスパール」ではなく、アルバム『NEO GEO』収録の「Free Trading」という曲であります。


 先の曲は、珍しく坂本龍一本人の曲ではなく野見祐二作であるという事。詳しい経緯は私はそれほど拘泥していない為殊更論ずる事は致しませんが、坂本龍一が甚く気に入り採用されるに至ったという事だそうです。

 扨て「Free Trading」CDタイム1 :21秒からの部分では微分音使用が顕著である尺八と思しきプレイを確認できるのですが、原譜がどうなっているのか定かではないので今回の譜例が原曲通りではなく私の勝手な解釈に依る物なのでその辺りのすり合わせは各自念頭に置いて貰いたい所ではあるのですが、孰れにしても尺八という楽器の特性を存分に活用しているからこそ得られる微分音の妙味という事は前提知識として知ってほしい所であります。


 尺八について詳述はしませんが、尺八というのは同じ音高であっても異なる音色を持つ指使いで鳴らせる事の他、一つの孔の塞ぎ方でも3種の音が得られる(=一孔三律とも呼ばれる)事を得意としている楽器であり、更には歌口へ吹き込む息の角度概ねこれは顎の上げ下げに依って得られるピッチの変化が起るのも顕著な楽器と知られ、上下に150セント程の振れ幅は容易に起る奏法でもあるようです。しかも倍音は200kHz(!)も出せるというのですから一般的なDAWアプリケーションのサンプリング・レート周波数の192kHzを持ってしても録音し切れない事を意味するのですから、その広範なる倍音分布にもあらためて驚かされる事頻りです。

 その倍音構造とやらの知識は私自身、中村明一著『倍音』(春秋社刊)で知った物ですが、その広範なる倍音構造というのは大自然の森林の中で実際に分布している高調波の倍音に投影し得るとの事です。蟋蟀《しつしゅつ》(=コオロギ)などはかなり高い超音波の帯域を使っていたりしますし、蝙蝠もそうです。他の動物が使っていない帯域をコミュニケーションや生き抜く上で利用しているのは間違いの無い所で、鳥類にしても耳や鳴き声の帯域はそれほどでなくとも地球の電磁波を知覚する事に依って帰巣本能に役立てている訳ですから、人間の耳に聴こえない周波数帯域だからと言って侮ってはいけません。人間ですら非線形音響ならば、超音波同士の振動数の差に依って生まれた結合差音が人間の可聴帯域内にある時、人間はこの差音を聴き取れる事が分っている位なのですから、基の「帯域外」はやはり把握されているが故の例である事は明白であります。副鼻腔やらその辺りの骨伝導を何等かの形で音としてではなく雰囲気として感じ取っているのかもしれませんし、人間の聴覚というのもまだまだ興味深い所であります。


 扨て、尺八というのは西洋音楽に則った物ではないのですが、三分損益法に依って12音を得られる物で、更には三分律や五分律も可能である為、勿論微分音も鳴らせる訳です。また、第2倍音は音が高くなるに従ってオクターヴが狭まるというのも特徴であります。概ね次相のオクターヴは1195セント、その上も僅かに狭いという不均一な「螺旋」構造とも言えるでしょう。つまりきっかりとしたオクターヴではないというのも最たる特徴であると言え、これは溝部國光著『正しい音階 音楽音響学』にも各音の運指やらその様な狭いオクターヴ相も説明されている物です。

 私も今回あらためて『音楽大事典』(平凡社刊)の「尺八」を探ってみたら驚くべき事に、あの大きい本の丸々21頁に亘って(1頁あたり3段の段組)詳述されているのですから是亦度肝を抜かれると言いますか、それまでは日本人である癖して日本の楽器に殆ど目を向けずに今の今まで流し読みしかしていなかった私が実に嘆かわしくなってしまいました(笑)。ただ、若い頃の浅学な時分にこうした方面を熟読しようとも、まだまだ認識に浅い頃では感動も薄かっただろうなとも同時に感じた物です。


 こうした前提を踏まえた上で、「Free Trading」に用いられている微分音を便宜的に示してみると、半拍5連の後に3小節に亘って微分音程をポルタメントさせている事が容易に判ります。最後の4小節目だけが変ロ音より1単位12分音程高い(故に便宜的に+17セントとルビを振っている)音で「くびれ」を付けているのが判ります。

FreeTrading_NEOGEO.jpg


 尚、譜例上部に微分音記号に加えて±の数値を併記しているのは、その数値が通常12平均律にて用いる嬰変臨時記号または本位記号から何セント上下の事を示しております。つまり冒頭の「+67」とは本位記号「♮」(幹音であるハ音)より67セント高い音を示す物であり、次の「+83」とは本位記号=ナチュラル(つまり幹音)より83セント高い音を示しているという意味を示す物です。

 つまりその後の「ー33」は変種記号「♭」よりも33セント低い事を示しております。三分音・六分音由来の通常の音律から33セント低い音は自然七度由来の音とほぼ同等と見做してよいのですが、真の自然七度とは第7倍音を駆使して得る音なので厳密には自然七度と三分律由来の音とは区別するのがより良い理解です。

 とはいえこの音は自然七度ではなく三分律で得られる音であろうと私は推察しているので今回このように微分音記号を與えているのですが、今回示した本位記号と「ー33」セントを示す記号以外はアロイス・ハーバ流の表記であり、ー33セント表記の部分音記号はIRCAMが提供するOpenMusic実装のフォント「omicron」を使った物です。現状では4・6・8分音系統表記が各国Wikipediaや汎用アプリケーションの確かさを鑑みて敢えてこうして使った物です。ですから最後の「+17」の微分音表記の茲での「−33」の記号の変種系の微分音記号のプロポーションが若干異なるのは異なるフォントを使っているからであります。この33セント低い音が幹音からではなくフラットからの音程差なのは、自然7度と近似する所と差別化を図る為です。ベン・ジョンストンの記譜法では変種である自然7度として7の数字をひっくり返した様な記号を充てますが、自然7度を6度由来と考える人も居るので自然7度周辺の近似するする音を総じてジョンストンに倣うのも危険であるという考えからの物です。


 私が嘗てOpenMusicというアプリケーションの実際を知らなかった数年前の事、酒井健治さんが出演されていたNHKのJ-MELOという番組で同氏ご使用のMacの画面にとても興味を惹かれご本人にお訊ねした所、OpenMusicというソフトであるという事を教えてくださり、その後に汎用的な微分音用フォントもOpenMusicから手軽にインストール可能ですよとアドバイスをいただいた事がありました。それにて役立てる事のメリットというのは、作曲者やら楽派で統一されきっていない所謂微分音表記とやらの「汎用性」という側面を享受できる事であります。つまり取扱いがしやすい上に周知が拡まる事で統一性が自然と培われるという訳です。今回は4・6・8分音体系では表し切れない微分音はアロイス・ハーバ流に、それ以外は汎用性を考慮したいう訳です。


 加えて、弱起小節を除いた2小節目のニ音を表す小節と4小節目以外ではアウフタクト、つまり「弱勢」で別の音を奏するという解釈で表記しています。単純にずーっとタイで白玉を伸ばしているかの様に聴こえる人もいるかもしれませんが、実際には半音よりも細かい微小音程をポルタメントさせているという事を明確にしたかったのでこのように音価を充てております。

 そのアウフタクトは、8分音符1つ分という歴時を先行して掛留する音を伸ばし、その歴時1つ分を「ひと呼吸」という間として使い遅れて次の音を奏するという意識を強調させる為にこうして表記しているという訳です。この弱勢に充てる「ひと呼吸」というのは、先行する音が伸ばされていない時にも旧くから用いられるもので、シュスパンシオンという記号はその最たる物でしょう。以前にも取上げた事があるので興味のある方はブログ内検索をかけていただければ当該記事にて表記例と実演例の譜例を確認する事ができるのでそちらを確認してみて下さい。


 拍頭にて「ガツン!」と音を慣らすのを避けているという技法でもある訳ですが、これをトゥッティで行うと「女性」を意味します。リズムとして弱勢で終止すれば女性終止なのです。この他にも音の強弱を附与させて拍節感の有無を出す事で男性・女性律動というリズム面で雌雄関係も西洋音楽では厳密に取扱われています。私が以前(数カ月ほど前)に披露したグリーンスリーヴスの半音階的なアレンジの途中、トニック・マイナーを弱勢にて終らせているのもGreensleevesのそれが娼婦の存在を意味している所から、不埒な女性の側面を演出しようした意図に依る物です。

 「Free Trading」の雌雄関係を見出す必要はないかと思いますが、単なる旋律の様に聴こえる物にも実際には奥の深い隠喩を含む事は多々あるので、リズム面に於ける雌雄関係があるというのもあらためて知って貰いたい所です。


 扨て、「微分音」という側面に今一度注目するとして、今回取上げた「Free Trading」の実例というのは、ある和声的な音世界に新たな倍音組織の音を音響的に加えるという側面という意味合いというよりも寧ろ、既知の音律の上に異なるイントネーションが混ざっているという音世界であるという事が言えるでしょう。つまるところ、新たな色彩感とは異なり、日本語で置き換えれば標準語の世界に方言が混ざっている様な状況に近しい音世界という事が言えるかと思います。


 そうした音世界を厳密に、色彩的なそれとイントネーションに依る違いだけの人間的な「薫り」に分けて考えてはいるものの、音の断片に「虚ろな」感じが現れるのはお判りになるかと思います。加えて、そうした微小音程というのは上部にある半音階の音組織に捉われるというよりも下行導音的な誘《いざな》いがある様にも聴こえて来る様です。


 先の、尺八の事を語っている際私の若い頃の浅学ぶりを吐露した様に、その当時にこうした微分音が齎す世界観を耳にしても今の様な「意味ある」物として吟味して聴く事は出来なかったでしょう。勿論常々意識しておりましたが、「にがみ」や「酸味」が昔よりも吟味出来る様になったと表現すれば判り易いでしょうか。ごく一般的な耳で聴いてしまえば、それこそ「音痴」な音であるとも言えるでしょう。子供から聴けば間違いなく駄目出しされる音でケラケラ嗤笑し出す事でしょう。こうした音にも忌み嫌うのではなく「意味」を感じる所に人間の欲求はあらゆるひび割れや隙間を埋めて行くから追求されるのでありましょう。

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