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三全音が齎す音脈再考 [楽理]

 扨て、D♭7という和音が実際にはD♭(+6)だったとしても、その和音が鳴る音は物理的には同じ音である事に違いはないのであります。それらに対して差異が生ずる場合「和音外音」という組織が異なって附随して初めて夫々には差異が生ずるのであります。ですからD♭ミクソリディアンにもD♭リディアン・ドミナント・スケールにも原調の非常に重要な主音をスポイルしてしまう事となり、結果的にはこれは局所的な転調を孕んだ物となってしまっているのにG7 -> Cというコード進行に於て「G7」上でD♭7を想起したアプローチというのは転調を行ない乍ら又戻って来るという行動を取ってしまっているという訳です。原調の主音が属和音上ではコード的にアヴォイドだからといって、これを後続和音に進行するまでの間一切現われる事なく取扱えるからといって、オルタード・テンションを羅列するだけのスケールに準えたフレージングをしてみたり、単なる局所的な転調のアプローチでしかないにも拘らず、その自分一人だけが転調した世界観を俯瞰して捉える事も出来ずに、アヴォイドとして現われないモード・スケールを有り難く使っているだけの連中に高度なフレージングとして活用できる訳もありません。


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