So-net無料ブログ作成
たわごと♪ ブログトップ
前の10件 | -

転調への正しい理解 [たわごと♪]

 短調という世界観が齎す情緒や性格とやらは長音階と比較しても實に柔軟で多様です。ごく普通に知られている短音階は自然短音階(=ナチュラル・マイナー・スケール)、和声的短音階(=ハーモニック・マイナー・スケール)、旋律的短音階(=メロディック・マイナー・スケール)と、3種類存在しております。随分とまあ贅沢なモノですね(笑)。


続きを読む



共通テーマ:音楽

木を見て森を見ず [たわごと♪]

 前回のデモ曲に於いて、最初の4小節に注力したと述べている事について今回はスポットライトを当てる事にしますが、「注力」という言葉の意味についてあらためて述べますと、その注力というのは自己顕示欲のアピールという側面とは全くの別物で、ポピュラー音楽の類では通常用いないであろうというコード進行の形式を忍ばせたモノでありまして、そうした部分をもっとも重要視してもらいたいという理由がある「注力」なのであります。


続きを読む



共通テーマ:音楽

White Day [たわごと♪]

チョコレートのお返しするのもかなり縁遠くなってしまった左近治(笑)。そうです。本日3月14日はホワイト・デーなんですな。

続きを読む


コメント(0) 
共通テーマ:音楽

混乱を避けるために [たわごと♪]

とりあえず今回は、これまでのブログで語ってきた事において混乱を招かないために改めて注釈を付けておかなくてはならないかな、と思うワケですが、早い話が「ハイブリッド・コードの解釈が違うのではないか?」という類のご指摘というものがあったので、それについて説明しておこうかな、と。

例えば、濱瀬元彦の「ブルーノートと調性」の159頁にハイブリッド・コードの定義なるものが載っているので興味のある方はそちらを確認していただきたいと思うワケですが、濱瀬氏のそれと私の言う所のハイブリッド・コードというのは明らかに違うワケでありますね。

私自身が何十年も前に学んだことで誤解をしている可能性もありますし、近年、そういう定義が明確化されたのかどうかは判りませんが、私のこれまでの見聞では、ポリ・コードとハイブリッド・コードの定義というのが広汎な世界で統一されているものではなかったと感じてきております。近年では厳格に定義されているのかもしれませんし、私自身が取りこぼして覚えた可能性もあるかもしれません。

いずれにせよ、私の語るハイブリッド・コードと、例えば濱瀬氏のそれとは違うワケで混同しかねないので、私はどういう理解をしているのか?という所からまず語ってみようかな、と思います。余談ですが濱瀬氏はアッパー・ストラクチャーで生じた和声の基本部分である下声部の3度オミットなどをハイブリッド・コードと定義してしまうような矮小な世界でもないことを先の著書で述べておりますので、詳しくはそちらを読んでいただいた上で左近治へのミソの付け所とやらを自虐的に語ることにしましょうかね、と(笑)。

私の語る「ポリ・コード」と「ハイブリッド・コード」というのは、双方いずれも分子・分母が「和音」であるコトを示しています。私の言う「ポリ・コード」とは、分子・分母とも和声(多くはいずれもトライアド)で、且つ分子・分母ともひとつのチャーチ・モード内に収まるモードの場合の複合化された和音のことを言っていまして、私の言う「ハイブリッド・コード」とは、分子・分母で構築されるものがチャーチ・モードに収まらない類の和音のことを述べています。

一方、分母が単音の場合は「分数コード」or「onコード」なのですが、「onコード」は分子の和声の構成音を分母に用いている時に私は使います。とはいえ「分数コード」と「onコード」においてはそれほどそれらの呼称の区別を、先の「ハイブリッド・コード」と「ポリ・コード」と比較すればさほど厳格に扱ってきたとは言えませんけどね(笑)。

まあ、過去のブログを血眼で探れば、onコードと分数コードが話の流れ的に統一しないで語っていることもあるかもしれませんが、左近治は以上のように区別して述べているので、その辺りを私の方にすり寄って解釈いただければな、と思います。


仮にそれらの定義が現在広汎に渡って統一されている、というのであればあらためてご指摘いただければと思います。

おそらくや著書や著者、教鞭を執られている方によってこれらは厳格に統一されているとは思えないんですな、今でも。まあ、揚げ足取るように会話をしたりするワケではないので、私が言う事を「ああ、この人は●●のコト言ってるんだろう」という解釈で即時対応していただいて数十年経過しているのかもしれませんし(笑)、そこまではどうなのかは判りませんが、私の中では一応曖昧にはしていないので、こういう定義を私自身は持っていて語っているということを知っていただければな、と思うワケであります。

重要なのは、ハイブリッドだろうがポリ・コードだろうが名称が先にあっての解説ではなく、音を明示的に示しているので確認していただければ私の語ることを読み取っていただけるのではないかな、と思っております。

私が報酬を頂いてこういう展開をするのであれば、真っ先にこういう誤解を生むようなことは避けて先に定義したり注釈から語ったりするのでしょうが、一応、無償であることに加え、私のペースで書き連ねる「ブログ」という性格上、どうしても各人の歩調に一人一人合わせるような対応はできないのでその辺はご勘弁願いたいな、と思うのであります(笑)。

少なくとも、マイナー・コードの構成音なのに「メジャー」とか語ったりするようなコトはしていないので(笑)、名称ありきの部分は極力排除しながら区別していきたいな、と思っている左近治であります(笑)。

たまたま手元にある理論書が1冊しかなく、それにて「定義」されていれば人によってはその定義を「完全」なものとして理解するでしょう。ただ多くの著書などでそれらが統一されているとは未だに私には思えないのですな。私自身が勉強不足なのは重々承知ですが。

名称という「代名詞」というのは、その言葉にまつわる多くの事柄を包括してくれる利便性がありまして、漢字一文字なども最たるモノでしょうな。無論、「代名詞」という共通理解が与えられればその後の理解の進捗度はより高まりますし、わざわざおさらいする必要性が極力減ってくれるという手段でもあるでしょう。

念のために申しておきますと、私の語っているのは音そのものの重要性なので、どんな名称で一括りにしようが名称が違っていようが音は必ず伝えようとしているので、そちらを重視していただきたいなと思うばかりであります。手元の楽器で音出しながらとか、鼻歌口ずさんだりとか、頭で音を浮かべたりとかですね。

音を聴いても尚、情感などそうそう伝わるような世界観を提示しているワケでもない特異な世界だったりもするんで(笑)、半ば呆れて頭の中で音を浮かべることすら等閑の方もいるかもしれませんが、それは左近治の冗長ブログがいけないんでしょうねぇ、たぶん(笑)。

読んでいる人が混乱を招いてしまっては本末転倒なのでもありますが、左近治が真理というワケではありませんので(笑)、あくまでも、刺身のツマ程度に感じ取っていただければコレ幸いでございます、ハイ(笑)。
コメント(0) 
共通テーマ:音楽

たまに聴くレコード [たわごと♪]

最近はレコードに針を落とす機会がめっきり減ってしまった左近治。デジタル音声こそが全て!とばかりに盲信してしまいがちな現代社会であるものの、同じアルバムのCDとレコードを聴き比べしてみてもCDでは聴こえにくい音がレコードにおいて再現力がアップすることなど多々あります。もちろんレコードを聴くためのカートリッジ、リード、ケーブル類などの特性がそうさせているとはいえ、やはりアナログの妙味は尽きることがないんですが、なんだかんだ言ってCDで済ますことが多いのが現実。

そんなにデジタルを懐疑的に扱わなくてもよかろうにとは思うんですが、アナログに金かけた世代としてはやはりアナログの音は忘れられないものであります。

まあ、次世代のデジタル信号処理にもフィードバックできそうな技術など期待が膨らむものもありまして、意外にそういう次世代の規格もお茶の間レベルに浸透するのは早いのではないかとも思っております。

例えば先も風力発電による低周波問題。この時語ったのが「回折」。

どんなにメタボな人が海に入ろうと、さざ波ですら防げないものです(笑)。体の背後には波からすれば人の体など無かったかのように波打っておりますね。これもまた回折。

音波、水波でも回折があるように、光でも回折はありますな。

例えば目の前に手のひらかざして指を閉じます。指の間には僅かな隙間が出来て、向こう側を覗き込むことができますが、よ〜く見ると向こう側の景色がにじんで見えますね。これもまた光の回折。

光からすれば指という物体に当たって振動を続けようとする。ぶつかることのなかった光とでは僅かな位相差が生じてこうなるわけですね。また、妨げられたことでの干渉。このコヒーレントな観点がデジタル社会に次なるフェーズへと向かわせる可能性が秘められているということに興味津々の左近治。エヴァネッセント光を利用して、従来のCDのレーザーピックアップからの読み取りエラー訂正すら減少させるかもしれません。CPUだってトランジスタの集合体ではなく、光学ケプラーのような動作のスイッチングになるかもしれません。

「8種類の位相差作ってそれを制御したCPUなんて作れるんだろうか?」などとか、その辺のテクノロジーに疎いクセして無い知恵使ってアレコレ考えている左近治。オプティカルデジタルだってエヴァネッセント光に置き換わるかもしれないし、それによるデジタル同期の精度が従来よりも数百倍高まる可能性だって秘めているかもしれません。外部クロックジェネレータ無しで。とすると、汎用機器においてもそのようなフィードバックがあればデジタル音声も恩恵にあやかれるかもしれないなど、デジタル部分もまだまだ発展できるんだろうなと思うことしきり。

通常デジタル信号だってかなり揺らいでいるのが実際ですからね。この辺りがもっと改善される可能性を秘めていると思うとワクワクしますな。従来のリファレンスとされたデジタル音声すら「にじみ」と形容できるくらい変わるかもしれません(笑)。

ただ、アナログ回路を介在させた音の変化のようにはいかないかもしれませんけどね。EQとかも恩恵受けるかもしれません(デジタルの)。

そういえばMIDI端子も光学カプラーによるスイッチングでの動作ですし、コンプなどもこういう動作で応答速度のクセというものを利用しているものがありますね。人間の視覚は感覚の中では最も応答速度が速いと思うんですが、耳がそれより遅いからといって耳の感覚を軽視してしまってはいけません(笑)。耳など10オクターヴ以上の帯域があるのに、光など1オクターヴ弱にすぎない(笑)。特定の色見させて白地見させりゃ残像だって残るのが目のヘッポコな側面(笑)。

目の応答速度のスケールが耳にフィードバックできそうなナノ・テクノロジー。いや、もうピコの世界に突入しようとしているのかもしれませんな。ΔΣ変調も多分変わっていくんでしょうなあ。次なるステージへと。
nice!(0)  コメント(0) 

英語は簡単!? [たわごと♪]

小学校から導入されようとしている英語。

まあ、試験的に採用している学校もあるとは思うんですが、高校に進学するひとも非常に多く、その後大学に行かなくとも大抵の人は中学・高校と英語を習っているはずなのに、社会では殆ど通用しないというのをまざまざと知ってきた左近治。

例えば英語で道を訊ねられて、「3つ目の角を左に曲がって」と伝えたい時にスンナリと英語が出て来る人がどれくらい居るでしょうか?

この件に関しては「Make a left, third turn. Alright?」とでも言えば通じるわけですが、なかなか咄嗟に出てこないのが実情。私も散々経験があります(笑)。「次の交差点を右に曲がって」ならば「Make a right, next turn」で済むワケですね。

その昔、日本に留学に来ていた米国人の大学生(経済学部)に、現地でのテスト用紙を見せてもらったことがあるんですが、問題すら何を言っているのか解らないのですよ(笑)。部分部分の単語は判るものの、簡略化された英文の問題が全く理解できないという有様だった左近治。

「おいおい、大丈夫かよ?」みたいな顔されちゃった覚えがあります(笑)。


子供の教育のためにも英語の早期学習とかは確かにいいでしょうし、TOEIC採用もそれまた歓迎ですが、リスニング能力と共に、英文による出題こそが英語教育にとって重要ではないかと左近治は感じております。


英文による出題、それも「ひっかけ」に容易くひっかかるダメ日本人のままではいけないのではないか!?

いまだにそう感じつつもなかなか進歩しない左近治であります。


文章こそは非常に簡単であるものの、非常に秀でたスキルを有している人ならともかく、平均的なスキル(公立校の平均的な)を持っている人も多くの人は引っ掛かるんじゃないかなーと思う例文を取り上げてみようと思うので、下記を参照してみてください。

Sakon doesn’t play (fair, fairly).

Although both fair and fairly are correct in this sentence, we should, as a general rule, choose the adverb form(with, without) –ly to modify a verb.


扨て、お解りでしょうか?

解答欄ひとつしかねえのに「fairlyとwith」をどうやって書けばいいねんな!?

と、当初左近治は無い知恵使って必死に悩んでおりました。中学生レベルの英語すらタジタジです(笑)。んで、悩みに悩んだ挙句・・・

ちなみに私は解答欄に「fairly」と書いてしまいました(笑)。勿論結果はNGです(笑)。


なんでかって?


その回答じゃ、問題よく読んでねーだろ、ってコトなんですな。

簡単に言えば、最初の例文を「問題」に見せかけたフェイクであり、次の主文で、その例文をとりあげつつ、そこから選択しなければならなかったのでありますな。つまるところ解答欄に書くべき答えは「with」。


問題にも載っているように、「文中のfairとfairlyはいずれも正しいものの、慣例に基づいて選択しなければならないのは“-lyを(用いる・用いない)」

という意味なんですな。ですので、「用いる方のwith」が答えなんですな。


覚えることができましたね!?じゃあ、次。


1) US government answered my letter very(prompt, promptly).
2) US government’s answer to my letter was very(prompt, promptly).


答えは、
1)・・・promptly
2)・・・prompt


さ~て、これらに疑問を持った学生諸君は早速英語の先生に訊ねてみましょうね、と。まあ、進学校レベルなら中学1年生ですぐにでも出来そうな問題でしょうけれど(笑)。
nice!(0)  コメント(0) 

ノクターン、かぁ [たわごと♪]

そういやMOTUのPerformer(DPじゃないですよ)に付いてきたMIDIファイルってショパンのノクターンだったっけ(笑)。

90年代前半にはミシェル・ンデゲオチェロとハービー・ハンコックのコラボの「Nocturnal Sunshine」という名曲もありました。

いや、今回「ノクターン」に想うのは、Novationの「Nocturne」なんですよね。低価格、しかもDAW上のプラグインのパラメーターにですね、す~ぐアサインしてアクセス化。カーソルをコントローラにアサイン出来て記録も可能なワケですよ。Logicはpest it offされているようですが(笑)サードパーティーの用意されたプラグインならコントロール可能なようです(笑)。アサイナブルでテンプレートも多数用意されている、と。まだ現物見たワケじゃないんですが(笑)。

何に驚いているのかというと、パソコン周りの操作体系(音楽)は変われば変わるものだなぁ、としきりに思うワケでして、カワイのMM-16なんてこう言っては悪いけれども、当時は殆ど見向きされていなかったに等しい(笑)。それがProToolsが徐々にポピュラーになり始めるとJL Cooperとかからバカ高いコントローラ発売されてたりとか(笑)。

任天堂のWiiやらAppleのiPhone。判ってる所はみんな判っている。カラダも頭もひとつしかない。四肢あるし指はあっても画面周りにへばりついて主導権握っているのはほぼひとりが常なのだ!

せめて多くの操作を同時に、或いは直感的に操作したいキモチの表れが世をそうさせていくのでありましょう。人間工学やら心理面までも考慮すればポピュレーション・ステレオタイプの分野にまで考えが及ぶ。掌の置き方をそもそも全く違う観点だからマイクロソフトの作るマウスは分厚い筐体でMacのそれのように薄く、前側だけを軽くつまんで手首の角度を極力浅くする設計とは対称的なワケですな。

DAWの世界なんぞUIの殆どは鍵盤あってナンボのところがあるから、鍵盤弾けない者にしてみればそれだけでも無理強い迫られる、と。ベロシティなんて「押す力」だと勘違いしている人が多いのも普通。なにせノート・オフ・ベロシティに対応している鍵盤すら少ないのが現状(笑)。

鍵盤は打鍵と離鍵のスピードこそが命。だからこそ「ベロシティ」。だけれども人によっては白と黒のスイッチでしかない(笑)。

そんなスイッチやらドラムパッドだけではなくて、もっと他に感覚的に多くの操作ができるUIこそが求められているんでしょうなあ。

昔と比較すりゃデスクトップの面積ですら広大。まあ、近い内に専用コントローラー買うことなく、iPod touchかiPhoneをMacに繋いじゃえばコントローラーに早代わり!という風に入力デバイスのアシストとしても十分に発揮できるような機能がすぐに付いてしまうでしょう。わざわざ専用デバイス買うことなく、iPodユーザーが恩恵にあずかれるであろう、と。

ま、左近治の希望的観測も往々にして含んでいるものの、そう遠くない内に実現しちゃうと思うんですな。

マルチタッチをアップルではないどこかが引っさげても、場合によってはボートのオール漕ぐように真逆の動き採り入れちゃったりするところも必ず出てくるでありましょう(笑)。

LED照明の調光もColorSyncでバッチリ!Zライトやら他の高級ライトで制作しているクリエイターの方々もマルチタッチで思いのままの調光ができたりとか。

操作の部分にここまで敏感になる理由は、どんなにパソコンの処理が速くなろうが1日の時間は皆等しいし、工数が極端に短くなるワケではないんですよ。ゆとりが出てもより濃密に仕事しようとするのが実情なんじゃないでしょうか。

CDの実時間の何十分の1の速さでコンバートできても40倍速で曲聴いたりするワケじゃないですし(笑)。

たとえばiPodの普及は個人で音楽を楽しむ、音楽に没頭できるシチュエーションを多くの人に提供しているワケで、音楽に浸れる魅力は深まっているにも関わらず、そこに気付かずにJ-POP詣で時代のように売ろうとしている所もまだある(笑)。

トコトン釣果の悪い時に水面(みなも)から見えるブラックバスの群れ。

見える魚は釣れないとよ~く言ったモノですが、バスだろうが裸の女性だろうがそこに何匹・何人いようとも相手できるのはただひとり。

哀しいかな我が竿もただひとつ(笑)。

場合によっちゃあ釣れないコトのほうが多い。どうせ釣れずに空振りなら、家で「素振り」の練習してた方がマシってか(笑)。釣果悪けりゃ枝垂れ桜の花吹雪。竿はむせび泣き、竿先の露のキレも悪くなるってモンでさぁ。

欲張って投網しようがはえなわしようが、得られるものは音楽の場合だと結果が違ってくる、と(笑)。操作を欲張ることなく直感的にマルチに触れる、と。

実はマルチタッチというのは直感的であるものの、思考はそれに集中させていることを忘れてはなりません。思考ひとつでいくつ直感的に弄れるのか!?そこに気付いているAppleと任天堂。他のエセ・マルチタッチはというと?その差は歴然でしょ(笑)。ヒマもてあましてくれるワケだからそこで別の考えを起こさないとダメなのが次の時代なんですな。

でもですね、どこかから必ず「水飲みながら呼吸しちゃう」ようなUI作ってくるはずですから、その時は笑ってあげればイイのであります。面白くなりそうですな、こりゃ(笑)。
nice!(0)  コメント(0) 

インストカラオケ [たわごと♪]

曲には唄がなかろうがメロディ(主旋律)は大概の曲が備えているもので、インストゥルメント曲だと、メロディそのものに存在感を見出さずに敬遠する人すら居ます。

メロディのない、和声だけの曲だって存在するものですが、メロディが提示してくれる音や歌い手が歌う歌詞の誘いがないと曲を知れないというタイプの人の方が大半なのではないかと思うのです。

単純な和声な構造のそれは、自然倍音列と「共鳴」によって親和性の高い音程によって構築されているのですが、基本音より遠い、ある意味「不協和」と呼ばれる音程にメロディトーンが配置されていたりするような曲の場合、単旋律で歌い上げてもその背景にある和声の妙味は知ることができませんし、単旋律だけで唄ってみてどこか味気なさを感じる時こそがコード・プログレッションがなんたるかを感じることができるのではないでしょうか。

人間は耳腔、腹腔、口腔など多くの「共鳴体」を備えているので、いわゆるトライアドのような単純な和声というのは共鳴しやすいからこそ構築されているということです。

「不協和」と文字で記されると、それがもはや「否定的」なイメージを抱くおそれすらあるかもしれないですし(笑)、実際にそういう人はいるかもしれません。

ピンク・フロイドの「Us And Them」を単旋律で唄われた日にゃあ、全く曲を知らない人には良さが伝わらないでしょう。ひとりでポリフォニックな声出せるんならいざ知らず(笑)。フランシス・レイの「男と女」だって単旋律で唄われた日にゃあ、曲知らない人には絶対伝わらないと思います(笑)。

今回は、特徴的なハーモニーを持つ曲の中からメロディ・パートを省略して(=マイナス・ワン)リリースしてみることにしました。

ヒノテルの「Key Breeze」の3パターンのマイナス・ワンを用意しました。

曲の細部を知るにはメロディ抜きで新たな発見があるのではないかと思いまして、こういう試みに。かといって今までリリースした全ての曲をカラオケ化しようとは毛頭思っておりません(笑)。高度なコード・プログレッションと和声の妙味を備えた曲を折角だからマイナス・ワンでリリースしてみようかと思いまして。

メロディこそが判りやすいがために、一旦メロディを覚えてくれたならそれを抜くことで、強固なメロディによって半ば隠されていたかもしれない(そのように聴こえてしまう人達のために)魅力を伝えようとしているワケであります。

「ヒノテルにメロディ取らせなかったらどーすんの!?」

と思われるかもしれませんが、作曲そのものはヒノテルですし、メロディ抜いたら余計に曲の高度さが判ると思うのであります。タップダンスの音入れるワケにもイカンでしょうし(笑)。

マイルス・デイヴィスの曲からマイルス抜くようなコトではないのと同じ(笑)。とはいえマイルスはまるでゴルゴ13が殆ど喋らないのと等しいくらい、晩年は吹かない時が多いですけどね(笑)。


先述にて少し語った「共鳴」。この共鳴度が弱い音程の音が重畳された音は、音楽の習熟度の浅い人は聴き取ることが苦手な人がいて、共鳴感を利用しないと耳コピどころか音すら取れない人だって実際には沢山いるんですね。

アカペラじゃないけど複数でハモらせると大概は3度の音程キープで歌おうとするものです。素人の人でもね。これこそが共鳴感を利用している最たる例。

でも、3度を保つよりも、実は人の歌っている単旋律の半音上や半音下を唄ってハモろうとする方が、少なくとも楽器達者になりたければそういう「ハモり」感覚を身に付けてナンボでしょう。半音じゃなくても全音上下でも構いませんが。まあ、私の場合はそうやって無理強いハーモニーでハモっても「ひとり移調」という感覚では捉えていないんですなあ。ロ長調とト長調が一緒に鳴っている感じ、とかそういう風には聴こえてくれんのです。まだまだ鍛えなくてはなりませんな(笑)。

とりあえず、実際にはメロディパート割愛であっても、安直にメロディ抜いただけのバージョンをリリースしているワケではなく、真の意図を汲み取っていただければ幸いです。

チャートものの多くの曲というのに魅力を感じることが少ないと左近治が思う理由のひとつに、「メロディ抜いてみて曲の良さを保持できるのか」というものが少ないからでありまして(笑)。

そういやMetric Haloがようやくアナウンスしてきた2d Card。エフェクト(DSP)を強化したバージョン(実質的には全く別物と考えられる)のようですが、5月28日以降詳細が判明するようです。旧来ユーザは物理的なハードのアップグレードもあるようですが、興味深いところであります。FW returnあればオーディオシグナルにおいてはReWire使う必要ないですし重宝してます。過去には片チャンネルだけ1サンプル長ずれるバグもありましたが何年前のこと?(笑)。4~5年前くらいでしたっけ。時の経つのは早いものです。ちなみに「メトリック・ハロ」ですからね(笑)。Matrixを「メイトリクス」と正しく読んでも伝わらないかもしれませんが(笑)。
nice!(0)  コメント(0) 

お茶の間デジタルの弊害 [たわごと♪]

チョット前はカセットウォークマン三昧だったのが今やiPodだぜベイベー。

レコード屋は「CDショップ」と来たモンだ。

横浜某所の大型レコード店で飾ってあった等身大の小泉今日子1stアルバムの宣材に、人目もはばからず抱きついたこともある学生時代(もちろんひとりでやっているワケではありません)もあった左近治が懐かしいぜと来たモンだ。今やったら職質間違い無しだろーなー、痛感しますよ。

無知で荒唐無稽でいられる時代こそが平和を実感させることもありました(笑)。

2008年6月2日午前4時。

コレ、ダビング10として知られる新制度の適用される時なんですな。レイト・フォロワーにまで行き渡るような新メディアや新顔には必ずついて回るそれらの利権絡みで割を食う先行投資型の消費者の姿は今も昔も変わらない。ネットやパソコン、HDDレコーダーだぁ、テレビ放送までもがデジタルの時代。

カセットテープ時代の頃だって不特定多数にダビングしたらダメ!という知識くらいは有していた左近治。アーティスト側だって貸レコード反対の人達が多い、国産車にドアミラーなど無い時代でしたよ(笑)。

一般的な人よりも比較的高音質な環境でレコードをテープに録音していた左近治。友人の親父さんは型チャンネルで当時数百万のスピーカー所有している人がいたりとか居ましたけど、自分の音だってそれほど悪いものではなかったと自覚していたものの、ダビングしたテープを売ろうなどとは微塵も思ったことはなかったですね(笑)。

友人から録音を頼まれて(←友人所有のレコード。それが中森明菜ということもありました)「録音してやるから後でテープ代だけ払えよ(←TDK MA)、ということはありましたけどね。儲けようとか転売という発想自体無かったですね。

CD-Rドライブがどんどん安価になり、メディアがどれだけ安くなろうともコピーして売ろうなどとは微塵も思ったことはなかった左近治。カーステでCD聴くと振動で傷付くから、カーステ用にCD-Rコピーすることが主なCD-Rドライブの使い方になったりした時もありましたけどね。

アナログ全盛時代の頃と比較すれば、コピーしても顕著な音質劣化など無いに等しい。誰もがその音に革命を感じたんでしょうな。今やデジタルが完全に浸透した社会であるものの、それが普通に存在しているものだから良し悪しどころか区別も付けられない基準を持たない人にまで行き渡って、間違った情報すら横行してネットだけを情報源にする人だって一般的になってしまった現在、音を少しでも良くしようと志すのであれば、仮にスペックひとつ見るのだって相応の知識を備えないといけないのに、知識を与えていいはずの紙媒体が、上得意先の遠巻きな批判すらも尻込みするような姿勢を取るものだから弱腰なスタンスの記事とか、広告雑誌に成り下がるような音楽雑誌などが増えてしまったのは間違いなく「負」の部分でありましょう。

プロスペックに匹敵するくらいのものを手にしたいのであればそれなりに金も投資する必要が出てくるのは当然。音を知らなくともスペックを信頼したいのであればスペックを読み取らなければならない。

だからと言ってRMSとPeakの測定値の基準も知らなければ、weighted(負荷)、unweighted(無負荷)で計測された違いすらも知らない人が多いのに、やたらとスペックを気にしてみたり。挙句の果てにはそんな違いすらも知らずPCに頼って計測してしまおうとする者など、まあ、茶の間にまでデジタルが氾濫すると果てはこうなるんだな、と実感する左近治であります(笑)。

RMS unweightedで歪み率も極めて低いプロユース製品と、Peak weightedで計測された数値を、まんまカタログの「絶対値」で比較してみたりする愚かな判断とか、もう目も当てられないわけですよ(笑)。そのふたつを比較した場合、ビット幅の理論値で置き換えればフツーに3ビット分に相当する値くらいは開いちゃうかもしれませんね、と(笑)。ダイナミックレンジとかで言えば20dBくらい差が出てきても当然(笑)。それすら関係なく両者の数字を同列に見立ててみたりとか。

音楽雑誌だって昔はこういった情報を網羅していたのに、今は書かないんですよね。書いたとしてもそれらの区別はどうするべきなのか?という情報を欠いたまま、感覚的なレビューしか掲載していなかったり(笑)。

色んな側面においてシニカルに、暗喩を込める左近治が底意地悪く映ってしまうのなら仕方がない(笑)。受け止め方は人それぞれなのだから。

不文律を打破しているように思えて、勝手に不文律にしてしまった層に責任があるのだろうけれども、自分のケツは温水便座か他人に拭かせてナンボの現代社会(笑)。これじゃあスペックひとつ語るにしてもそこまで意味があるのかと思わんばかり。

その内、手にウンコ付くまで負けを認めなくなっちゃうんでしょうか(笑)。ウンコとは言わないまでも、トシ取ると尿のキレが悪くなって前立腺の心配をしなければならないってモンでさあ。

股上浅いズボン履くと便器から離れて数十秒後にチョロッと漏れてしまったりとか、そりゃあ無いというのは嘘になりますが(笑)、ザッパのようにそっちのガンにはなりたくないなあとは思いながら、スローテーパー(根元からしなる弾性が鈍目の竿の特性の意)な竿に変化しつつある自分を嘆きながら添え木使ってでも夜伽を読もうとは微塵も思ってはおりませぬ(笑)。

竿を実感しながら、魚を釣ることに躍起になるのではなく、ガン玉(おもり)の発想があるからこそベースのウルフ・キラー(ウルフ音の共鳴殺し)に応用できたりもするワケで、竿に例えることが決して悪いワケではない(笑)。ポジティヴに捉えられることこそが平和な時もあるんですな。釣りキチ三平世代だから成し得た業なのか、どうかは知りませんが、まともに得られた知識で不幸になることはないとは思うんですな。子供に何の教育やしつけをほどこさなければ誰もが負け組になるんでしょうが、生まれた直後からWiiやらパソコン与えても無用の長物ってなワケで(笑)。覚えること覚えてから音を追究するのもイイのではないかと思うんですが、目先の音に酔って遠回りすることすら勿体無いんでしょうね、たぶん。

覚えること覚えないと後々損しますよ、ってこってす(笑)。無知こそが平和なのか、音の世界と人間社会はまた別ですし、同列には語れません(笑)。音への欲望はトコトンわがままでイイと思っているのが左近治であります。バンドの演奏や聴衆に見せるという、社会性が伴うシーンではまた別の「音」の世界があるワケですが、音質の追究とそれを一緒にしてもいけません(笑)。
nice!(0)  コメント(0) 

蓜島邦明が楽しみ [たわごと♪]

「NIGHT HEAD」というドラマ、覚えておられる方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。遡ること、もう15年ほど。フジテレビが最も面白かったと個人的には感じている時代。今の我が家では最も見ていないテレビ局(!)になってしまったんですが。

まあ、15年ほど前を振り返ると私はMacに夢中の頃で、メインアプリケーションはPerformerで外部のMIDI機器を徹底的に管理する、録音はDATという時代でした(笑)。そんなMacにAQUA ZONEやらFlowFazerインストールしてほくそ笑んでいた時代くらいの辺りでしょうか。PowerBookを手にしてバンドの練習やライヴにも活用しだしていた頃であります。

この当時の音楽はグランジサウンドが一定のポジションを確立して、当時のクラブシーンからのフィードバックもあってフィルターかませたり非常に極端なイコライジングやらフィルタリングがあちこちで活用されるようになってきた時代。

蓜島邦明の音作りにはNIGHT HEADの頃から既にミクスチャーやらトライバルな音世界を構築しておりまして、その感性を存分に味わうことができたワケでありました。ただ、この方の名前、機種依存文字の場合もあるのでケータイ上では「配」の文字を使わせていただいていたりもするという事情もありまして、その辺りはご容赦を。

いわゆる音効の世界においてこれほどセンシティヴな音に出会えるとは思いもよらなかったワケでして、KORNやnine inch nailsだって日本国内ではメタル扱いされていたような時代ですからね(笑)。ミクスチャーの度はナイン・インチ・ネイルズが確立したといっても過言ではないでしょうが、KORNだってまだまだヘヴィーなグランジサウンドの度を強めていた時代。KORNが日本で確固たるポジションを確立するようになったのはアルバム「issues」の頃辺りでしょう。

ミクスチャーな音に目覚めていた方々というのはそんな昔の頃から音を手にしていたワケですな。そのひとりに蓜島邦明も挙げられるのではないかと左近治、信じてやみません。日本でそれらが受け始めるようになったのはブラッド・ピット主演の「SEVEN」辺りではないかと。まだまだJ-POPのシーンもアシッドなサウンドを導入する方に躍起でアナクロな音になっていたワケですから。

私自身はまともに聴かなかったのでありますが、ソロ活動を当時始めたHIDEとかはそんなミクスチャー系の音に目覚め、一部の狂信的なファンによってクローズアップされることで作品の評価はどうあれ、サウンド的には意外に広く知らしめという貢献者のひとりでもあるのではないかと思います。

ま、なにゆえ蓜島邦明が楽しみなのかというと、テレ朝系列の金曜ナイトドラマで4月からの「キミ、犯人じゃないよね!?」というドラマのホームページ見ていたら、蓜島邦明の名前があったから楽しみなワケなんですな。

ナイトヘッドは知らなくても、「世にも奇妙な物語」の人といえばお判りになる方も多いでありましょう。この方の作曲技法というのはモーダルというか、旋律を巧みに使い分け(モード・チェンジ)、非常に複調性の高い楽曲を構築するんですね。それが和声に構成音に頼ったモノではなくフレーズありきの響きなんですね。ポリフォニーでありホモフォニーというか。

チャーチ・モードだけにはおさまらない多くの旋法の変格旋法を導入する、わかりやすく言えばモード・チェンジ。それらが巧みだ、と。

スケールを体系的に覚えてもそういう音楽作れない人が殆どなのが実情で(笑)、リディアン♭7thスケール覚えたところで、メロディック・マイナー・モードを操りきれていない人なんて沢山いる世の中です(笑)。

そんなところで埋没したら話にならないわけで、だからこそ実例出していかねば!と左近治、着うた制作するのは二の次でアナリーゼの方に注力するワケでありますね、ハイ(笑)。

まあ、いずれにしても4月が楽しみだぞ、と。
nice!(0)  コメント(0) 
前の10件 | - たわごと♪ ブログトップ