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今回の制作秘話 [制作裏舞台]

桜の花が散り始める時、なんだかんだ言って夜は冷え込む時もあるでしょうがだいぶ暖かいワケで、左近治は寒い時期のモニタリングを好むため、難曲を着手するには絶好のシーズンだったというワケでありました。とはいえ夏の時期でも難曲に挑戦することはありますが(笑)。

thirdeye_valentin.jpg例えば4月4日リリースの曲で言えば、デイヴ・ヴァレンティンの「Astro-March」で苦労した点は、トライアングルのバリエーションでしょうか。ギャグではなくて。

原曲のクレジットはというと、

Flute:Dave Valentin
Piano&Oberheim:Dave Grusin
Bass:Marcus Miller
Drums:Buddy Williams
Percussion:Roger Squitero

本来のデイヴ・ヴァレンティンだとベースがリンカーン・ゴーインズだったりするんですが、なんだかんだいってGRPを代表する人達とこうしてセッションの記録を残していることが多いデイヴ・ヴァレンティンです。余談ですが「Pied Piper」という別アルバム収録の曲のヴァレンティンのプレイはかなり好きです。piedpiper.jpg

トライアングルと言えば楽器の弾けない人が担当する代名詞的なイメージがあると思うんですが、パーカッションとしてまともに向き合って考えると、たかがトライアングルされどトライアングルで、パーカッショニストという方は色んな音を使い分けていることが判ります。

金属なのだから普通に叩けば余韻が生じる、とそんな単純なことではなくて、叩き方がおかしければその余韻も変な飽和感のある音を生じることもある、と。スラップベースを弾けない人が親指で弦をヒットしてもまともに出ないのと同じ。スッと叩いて、スッと引く。パーカッション類はこれがキモですよね。

ところがその飽和感をも操って、通常ならある大きな部分音に合わせて律されているトライアングルもミュート加減を手の握り加減で調整して音を調整したり、部分音の出方を調節したりして際立つピッチを加減しながら操っているワケですね。ただ単に楽器弾けない人のトライアングルとは雲泥の差がここにあるわけで、今回はココに一苦労させられたというワケです。

というのも、この曲の出だしのトライアングルというのは多くの人が意識していない音だとしても、省いてしまうと原曲を知る人だと「何かが違う」という違和感を生じるほど存在感は際立っていると思います。それだけ結構重要なアンサンブルとして構築されているワケです。人の癖など無くて七癖とはよく言いますが、ある意味サブリミナルというか、あまり気付かれてはいないものの重要な役割とでも言いましょうか。必要不可欠な音だということをあらためて認識させられた思いです。

楽曲の楽理的な面で言えば、ベーシストの安直な発想で言えばこの曲はE一発系としてとらえてしまいがちですが、実は一箇所F△7を使っているので、Eマイナー一発で押し切ろうとするベーシストを制御するとでもいいましょうか(笑)、そこに配慮したフレージングをしないと流れを断ち切ってコードを追うのに必死になるだけの、和声の動きに埋没していくことになりかねないので注意が必要なんですな(笑)。マーカス・ミラーとてココの部分は「逃げ」を感じます(笑)。マーカス御用達の「Run For Cover」だってテーマ部にはF△7が出現するところがありますが、和声として重要ではあるものの、一方でフレージングで活かしきれていないのが同居しているシーンもあります(笑)。ベースで長七を巧く操る人はそうそう居ない。ましてやオクターブ主体のスラップとなれば長七など天敵といえるほどのコードかもしれません(笑)。ゆえにこのベースがそれほどマーカス・ミラーっぽくないのはそういうところにあるかもしれませんね。原曲の終盤ではマーカス・ミラーっぽさが顔を出しますが。

原曲の良さは何といってもジェフ・ミロノフのサイド・ギターのフレーズです。ホントに良いフレージングをします、この人は。シングル・ノートが主体なのに。インコグニートのブルーイもこういう「系」でありますな。

とまあ、つらつらと「Astro-March」について書いてみましたが、この曲に限らずリリース時と制作時はかなり開きがあるものでして、制作時の記憶を遡るだけでも億劫になってきた左近治の脳はすっかり加齢が進行してしまっているということを実感させられるワケなんですが、制作時は1月の下旬辺りでしたでしょうか。今現在6月下旬リリース用の曲作ってるんで(笑)。

さらにマジ曲でジョン・スコフィールドの「Wabash」。これについてはもう以前のブログで語ってしまったので詳しくは述べませんが、まあ、ツーバス・フレーズの6連と5連符の交互の醍醐味を、チョット汚した音で堪能していただければな、と。ボンゾの音がダーティー気味でワイルドなのは、レコーディング時にモニター用のスピーカーがさらにそれをマイクが拾うからでありまして、レニクラもこういう手法を散々使っていたと思います。ヴィンテージ機器において。ハムノイズすら「綺麗に」レコーディングされていたりもしますけどね(笑)。


ごきげんようサイコロトークの加速テンポバージョンはそのまんま名前の通りです。どんどん速くなっていくので最後の方ではすっかりグシャグシャ感があってメロすら取れないほど速いのでありますが、終わる直前ではちょっとだけブレーキをかけて元の音を把握できるように配慮しました(笑)。250km/hでスッ飛ばして、危険回避で急ブレーキ。それでも90km/hで前の車にカマ掘った、というような感じでしょうか(笑)。一気に150キロ以上減速してもぶつかられた側はたまったモンじゃあありません(笑)。ブレーキが結局利かずに大破した車というのはよ~く高速道路などで見かけます。要はスピード出しすぎ、と。左近治、この曲でスピード出しすぎておりますよ、と。


あとは、久々のYMO名義の曲で、アルバム「テクノデリック」から「体操」を。

オリジナルのプロモビデオにあるように、少々ラリ入ったおバカな人を統制しようとするような寓喩の込もったモノでしたが、四半世紀以上経過した今でも、音は現在のように、おバカなかほりは捨てずにエレクトロなパンクスなスタンスを具現化したいと思いまして、こーゆー音にしてみました(笑)。学力偏差値トコトン低いけど、どこかカッコイイというか(笑)、そーゆー音にしてみたつもりです。別な意味での脳幹直撃系と言いますか、トルエン嗅いだとでも形容しましょうか(笑)。六価クロムも危険ですので素人さんが扱ってはいけませんよ♪そういえばスネークマンショーに「シンナーに気をつけろ」というのがありましたっけ(笑)。


もひとつは、特命係長只野仁のテーマです。ショートに割愛しながらまとめております。お色気女性スキャットを模した音はKORG MS-20(ソフト音源)をエディットしたものです。コルグの音はエグみがあるので、この手の音作るのはARPかコルグか、ってなくらい重宝してます。うまくするとウーリッツァー系の音に持っていくこともできますからね。こちらの音は細野晴臣の「ファム・ファタール~妖婦」にてお聞かせできると思いますので、それはまたいずれ語ることに。

最初のテーマ部ではドラムンベース風のドラムリフを鏤めているんですが、ケータイ実機でのシャカシャカ感を緩和させたら、ドラムンベースのスネアとキックが我が家のモニタリング環境では妙に目立つようになってしまっております(笑)。ただ単にケータイの音を逆算しているんですが。スネアやハットのポリリズミックな音がどれくらい作用してくれているかは、各ケータイによって様々だと思うのですが、一方ではイナタくダブ系のギターのコードが鳴っている、と。どっか古臭いB級・C級チックな感じを演出したかったんです。スキャットボーカルが全面に出るワイルドなドラムのフィルの所は完全に汚し系ではなくアンビエンスを利かせたドラムキットの音にしております。初期反射用のインパルス・レスポンスと、ほんの少し長めのインパルス・レスポンスのリバーブ2つをアサインしているのが制作裏事情的なネタですか。

サンレコのオーディオインターフェース比較をお聴きになった方は多いかと思うんですが、MIOでのタムの音というのは本当にクッキリハッキリ、そして伸びてくれています。なぜ好きなのかというと、8~11kHz辺りの音の出方が好きだからです。あちらではノイズフロアを押し上げているのがベースを筆頭に他にふたつほどあるんで効果を活かしきれていないように思えるんですが(笑)、MIOのDSPは本当に重宝します。もちろんタム類にはMIOのDSPで処理しております。また、もはや実感できるレベルを超越するほど、MIOのダイナミクス系のアタックタイムは非常に細かく設定できるのも特長です。環境にもよりますが、余裕でインパルス以下の設定も可能です(笑)。左近治の多くはゲートで重宝しているんですけどね。

ハナシをサンレコの側に寄り道しますが、例えば先の比較記事でのPreSonusのタムの出方は、他と比較するとタム類の3.5kHz辺りが強く出て、なんとなくクセが出てしまって、引っ込ませてしまいたくなるような音になっていると思うんですが、タム類の3.5kHz付近の音って音を弄る人ならどういう風になるか想像に容易いと思うんですが、つまりはそういうこってす(笑)。Mackieはフカれに弱そうな感じのブーミー感がありましたし、Focusriteは意外なほど優れておりました。

ただ、ノイズフロアを押し上げているソースが含まれているにも関わらず、平滑化させずにメリハリある音はMIOさすがだな、と。デジの場合は普段は平滑化しているようで、倍音を多く含む低域ソースがある時の音は有利ではないかな、と。コンデンサ・マイク向きなんでしょうな。

そういうワケで回り道しましたが、今回の只野仁のタム、実は注力してます、ってこってす(笑)。春の訪れで性欲うずく季節(年中無休の方も多いと思いますが)、やはりパワフルに「攻める」というメリハリ感を出したかったので(笑)。
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FM東京 平日午前8時 [制作裏舞台]

今ではTOKYO-FMって言わないといけないんでしょうかね!?FMエアチェック全盛の頃と言えば毎日録音していたのがNHK-FMのクロスオーバーイレブン。裏番組(FM東京)では「ソニー・デジタル・サウンド」と、シャカタクの「Takin‘ Off」が使われていたり、日付が変わるとジェットストリーム(笑)。

知財に足場固めてレコード会社の吸収・合併をガッツリ行って、ソニーは囲い込みの度を強めていったワケでしたが、VAIOのCMにダフト・パンクが使われている時代くらいまでは良かったと思うんですよ、選曲とか。「ソニー・デジタル・サウンド」におけるシャカタクだってポリドールですからね(笑)。自前コンテンツにばかり配慮せずにレコード会社の垣根を越えたところがソニーらしかったと思うワケであります。

扨て扨て、80~90年台においてFM東京の平日午前8時のジングルは!?というと、ピアノのポリリズミックなリフの後オーバーハイムがユニゾンで攻めてくる。さらにスラップベースが入ってきて、フルートのメロディが流れてきましたね。

あの曲は未だCD化されていないデイヴ・ヴァレンティンのアルバム「Land of the Third Eye」に収録の「Astro-March」という曲なんですな。作曲はデイヴ・グルーシンです。となるとこれはGRPレーベルだろ!?と連想される方はたぶんこの曲やアルバムについての知識がある方ではないかと。

ベースはマーカス・ミラーですな。8分裏から1拍5連トリルというのはこの曲のコトだったんですな(笑)。

まあ、この曲は32&40和音着メロ時代から制作をしようとしていたんですが、当時は左近治自身が着メロ制作に気合が入らず、Kクリにおいては着うたもまだ導入していなかった頃。作るのをやめてしまったという事情があったんですな(笑)。

まあ、最近では着うたばっかり作っている左近治なので、そろそろ頓挫していたこの曲を着うたとしてリリースしてみるか、と思い腰を上げて来たる2008年4月4日、リリースすることにしたというワケです。

左近治周辺のマーカス・ミラー・フリークの方は何人かおりますが、この曲がマーカス・ミラーだったということを知る人は意外に少なかったんですが、それもそのはず。この音源は今手に入れることすら難しいかもしれない。この曲において一番すきなのはジェフ・ミロノフのプレイなんですけどね。

左近治自身マーカス・ミラーのスラップで心地良くなれるのは別にこの曲ではなく、ボブ・ジェームスのアルバム「Obsession」収録の「3AM」のF Bassの音だったりする、と(笑)。ペグ緩めたSEはJBだと思うんですけどね。

とはいえ郷愁の念に浸れる曲というのはまた別なものでして、ラジオ番組とはいえ十数年は確実に平日は毎日流れていた曲に親しみを覚えている人は多いと思うんですよ。その曲自体を好きか嫌いかは別にしても、ノスタルジーに浸れるというのはそういう所にあると思うんですよ。

自分自身の好みだけで曲を聴いていればいわゆるフュージョン系の音楽なんて殆どシカトされてしまうのが実情ではないかと(笑)。しかも、ただでさえ入手困難な音源に親しみを覚えて貰うにはよっぽどの動機がないと手は伸ばせないと思うワケですね。そういう所で左近治が背中を後押しするようにノスタルジーに浸る中年おじさんが着うたで持ってきた、と(笑)。昔懐かしい雰囲気を味わっていただければ幸いですな。

人によっては電車の車内や車の運転、あるいは少し遅いお目覚めやらバイト先とか(笑)。そういうのを想起できる音楽のパワーというのをあらためて実感するワケですが、私が当時この曲が誰なのかを知った時というのはまだCDプレーヤーすら手にしていない時代。1000円札が伊藤博文だった頃でした(笑)。巷のアルバイトの時給の水準がようやく500円に達した頃ではないかと。確かタクシーの初乗りも400円チョットだったかと思います(笑)。通学に疲れ果てて駅前からみんなで割り勘でタクシー乗ろうとすると乗せてくれないタクシーすらありました(笑)。「学生なら歩け!」と(ある意味当然か)。以降、その運ちゃんが通るのを見かけるたび左近治、中指おっ立てていましたっけ。ホーン鳴らし返されることもありました(笑)。

「線路ほど最短距離は無いだろ?」と誰かが発した言葉に、左近治の取り巻きは線路を歩いて電車を停めてしまったという経験もココだけのハナシ(笑)。ごめんなさい「国鉄」。

とまあ、私の郷愁はさておき、ウン十年も前の曲だけじゃあアレなんで、特命係長只野仁のテーマソングやら(笑)、ごきげんようのサイコロトークの加速テンポバージョンとかも追加してみたというワケですね。

YMO関連曲となると、アルバム「テクノデリック」収録の「体操」をエレクトロ・クラッシュなアレンジにてリリースしますぞ、と。それとジョン・スコフィールドの「Wabash」ですね。

サンプラーを用いたレコード世界初となればこれはロジャー・ニコルスがスティーリー・ダンのために作ったウェンデルと名付けられたサンプラーですね。アルバム「ガウチョ」で使用された世界初のサンプラーを使ったアルバムとして知られているアルバムですね。

国内だとYMOのアルバム「テクノデリック」になるでしょうか。アルバムリリース後のウインターライヴという場では既に市販されていたEmulatorの初号機を使っているようですが、アルバムの方はというと当時の東芝の技術者やらの力を借りてパソコンベースのサンプラーを用いて作られたとも言われております。

当時のパソコンの記録媒体といえば「磁気テープ」なワケですね(笑)。カセットテープだったり。5インチディスケットとか。タモリがソニーの「DUAD」(フェリクローム:Type IIIポジション)のCMに出演していた頃ですよ(笑)。カセットだけでなくオープンリールでも販売されていたことを知る方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。

日本人ならやはり国産を応援したいものでありますが(笑)、そんな技術の結集だったYMOのアルバム「テクノデリック」というのは私自身何度もレコードの針を落として聴いたりしたものでした。

このアルバムというのは環境音を巧みに使ってインダストリアルな表現をしていたりとか、一方でビートニクスでの実験的なフィードバックが活かされていたりなど、YMOとは別の場所でも各自があれこれ実験を重ねていたワケですね。

テクノデリックのexアルバムである「BGM」では、デジタルマスターの音が気に入らず、御大細野氏が一旦アナログテープに録音してマスタリングする、といういわゆる「テープ・コンプレッション」という技を初めて行ったと言われている時代。YMOの方々というのはこういうことを当時から行っていたというワケですね。

テクノデリックというアルバム全体はかなりシンプルなアンサンブルな構成となっていて、ゲートもかなり多用しているように思えます。初期のYMOに見られるような対旋律的で対位的なフレーズは鳴りを潜め、シンプルな「テクノ」な音になっていくワケでありまして、YMOのファンが二極分化されていった頃でもあると言えるでしょう。

アルバム「テクノデリック」の印象的なところは、初期のYMOに見られた既出ジャンルの「加工」的な要素が強く見られていて、その「咀嚼」感のバランスが実に絶妙だと思うんですな。YMOたる立ち位置としてはBGMこそが独自性を強く感じるワケですが。

「Neue Tanz」にしてもこれはモロにクラフトワークの世界でありまして(笑)、「Stairs」なんて50sジャズの咀嚼と言わんばかりのアレンジ。特にあのドラムのリフはジャジーなドラムのブラシワークを置換したようなアイデアのリフでしょう。サンプラーを使っていると思われるSE音もブラシワークを感じさせますよね。何より中盤のピアノソロがバド・パウエル風といいますか、ここだけじゃなく「Un Poco Loco」を彷彿とさせる感じなんですよね。テクノなジャズを形容しながらポップに仕立てようとしてこうなったのではないかと思えるほど、ジャズ色が強いと感じます。

小生、小学校6年生の頃にジャズがどんなのかを知りたくて聴いた曲がバド・パウエルの「クレオパトラの夢」。ジャズを知らない人でも知っているであろう曲ですね。これを機に身も心もパンクスだった私が徐々に脳内は楽理に冒されていくキッカケとなった曲でもありましょうか(笑)。

「Light in Darkness」はブランドXの「Nuclear Burn」を彷彿とさせるような、YMOの咀嚼感覚がイイ意味で発揮されている好例だと思うんですけどね。元々高橋幸宏のドラミングのそれにはNEU!の世界感や801のアンサンブルをもっとドラスティックに機械的にしたような感性を感じることができるんですが、テクノデリックあたりからかなりドラムフレーズは細かく刻むというか、ファンキーなリフを多用してくるワケですね。

とまあ、テクノデリックのネタで引っ張ってみたワケですが、今週はYMOのテクノデリックに収録のひとつ「体操」をエレクトロ・クラッシュ系とでも言いますか、学力偏差値とっても低い感じな「ロック」な音でアレンジしちまいまして(笑)、実に脳幹に呼応してくれる音となってくれていると思っております(笑)。脳幹直撃系というよりは、六価クロムで鼻に穴開く感じ系かなー!?(笑)。

まあ、原曲の当時のプロモーション・ビデオを見ても、全体主義を皮肉ってラリ入ったジャンキーな人を統制するような面白さを描写しているワケですが、クスリやりすぎて歯も無いかどうかは別にして、とりあえず学力偏差値I Don’t Careな感じで作ってみよっかなーと思って作ったワケですね。

この曲は坂本龍一の作曲なんですが、どちらかというと高橋幸宏っぽいオルタナなコードワークなんですよね。ソリッド・ステート・サヴァイヴァーに通じるような。しかし坂本龍一のそれはモード・チェンジしながらもそのコードの「平行調」にベースラインをクリシェさせていきながらコード進行間の共通する音或いは、隣接する音のクリシェを楽しんで元のキーに解決させていくという、結構綺麗なアレンジを聴くことができるんですね。偏差値関係ねぇ!というスタンスであるためあまり楽理面では深く語らずに判りやすい言葉で代用しましたが、ホントならこういうことすら語らずに音を伝えてみたかったんですが(笑)。

今となってはパソコンありきで動作させている比率の方が高くなっているのでは!?と思えるほど隔世の感があるもんですが、サンプラーに限らずシンセだってその潮流に乗っているワケであります。時代は変わるモンですな、と。

他の曲については長くなってきたのでまた別の機会にでも(笑)。
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渡辺貞夫 「Fill Up the Night」を聴いて [制作裏舞台]

私の知る限りではこのアルバムはCD化されていませんね。アルバム全体がひどいと思えるほどオーバー・コンプで潰れ切った音ですからねえ。ナベサダ以外のパートを聴く分にはコンプの具合がある意味強烈に楽器の音を押し出すためグイグイ楽しめる面はあるかもしれませんが、肝心のナベサダのパートはサチュレーションも利き過ぎて潰れてしまっているんですな。正直ラフ・ミックスのままリリースしてしまったのではないかと当時は驚いたモンでした。

とはいえマーカス・ミラーのファンの方ならF-Bassの音がクッキリハッキリ聴こえてくれるアルバムでもありまして、マーカスのF-Bassサウンドと言えばクルセイダーズの「Pessimisticism」やらリチャード・ティーのアルバム「Inside You」とか、ルーサー・ヴァンドロスの「See Me」、ジャマイカ・ボーイズの1stの「Palm of Your Hand」とかがあるとは思うんですが、F-Bassのピックアップのハムバッキング動作時の音をなんとなく使いこなせていないような(笑)、F-Bassのそのまんまの音を知れる音が先の「Fill Up the Night」なのかもしれません。シングルコイル動作時の音だろうがハムバッキングだろうがF-Bassはホントにイイ音しますけどね。

扨て、来週は左近治はマーカス・ミラーが参加している某曲をリリースするのでついついマーカス・ミラーの話題にしてみたんですが、リリース予定のその某曲とやらも実は未だにCD化はされておりません(笑)。そんな曲でもおそらく実は馴染み深い曲だろうと思ってリリースするのでありますが、スラップのプル音トリルが顕著な曲というのがヒントですね(笑)。

8分裏から1拍5連トリルというのも最大のヒントでしょうか(笑)。

これでお判りになる方は相当なマーカス・フリークの方だと思います(笑)。

当初はコレ、あなくろ本舗でリリースするべきか非常に迷ったんですが、この曲が広く知られているのは某ジングルで長い間使われていたものなので、悟生楽横町でのリリースを決意したというワケです(笑)。洋モノでも、とあるジングルで有名だったりするとこっちでのリリースをする、という断腸の思いでリリース、と(笑)。

マーカス・ミラーの「あの音」など全くしない(笑)サドウスキーが日本で販売されるようになって20年以上経過しますが、当時をふりかえると1ドル170~180円が当たり前の時代で45~53万円くらいだったような気がします。

1ドル120円超えれば円安と言われて久しい現在の円高水準を差し引いて考えても、その当時よりも遥かに高い価格設定というのは驚きを通り越して呆れてしまうばかりです(笑)。向こうの現地価格じゃ2000ドル超付けたら売れないのに(笑)。左近治がサドウスキー改の77年製JBを手に入れた価格が諸費用込みで30万円切るくらいでしたでしょうか(←消費税導入前の時代)。55万円で売れてくれたモンでしたっけ(笑)。この時のfundsが当時Mac購入への試金石となったモンでした。どこの誰かは知らないけれど、買ってくれた人、本当にありがとうございます。こういう売り方を考えると、代理店が儲けようとする意図が初めて判ったような気になったモンです。

そういう背景もありまして、マーカス・ミラーとなると有難く感じる左近治なんですね(笑)。ただ単にマーカス・ミラーを好きなのではなく、生活の糧となったと言っても過言ではない(笑)、そんなマーカス・ミラーには左近治、非常に感謝しているのであります。

マーカス・ミラーの音というのは特徴的であるものの、色んなアルバムやらレコーディング状況の違いでかなり音は違うんですよね(笑)。JBのスラップで好きなのはデヴィッド・サンボーンのアルバム「As You Speak」全般の音でしょうか。「いかにもマーカス」という音となると「Straight to the Heart」辺りなんでしょうけどね。私が好きなマーカスのプレイやグローヴァー・ワシントンJrのアルバム「ワインライト」収録の「Let It Flow」ですけど。

そういや私、ビル・ウィザースをすっかり「うぇざーす」などと勘違いしておりました、四半世紀以上に渡って(笑)。ソロ・アルバムも持ってるクセして、ワインライトを手にしたのが1982年のこと。それ以来間違え続けて、その後ソロ・アルバムにデカデカと書いてあっても、一旦刷り込まれてしまった記憶がリセットされることなくつい最近まで気付かずにおりました(笑)。彼是人前で口にしていたことも多々あるというのに(笑)。こういう間違いは是非指摘してほしいモノでありますが、あまりに自信たっぷりに恥かくのもたまにはイイもんですな(笑)。Kクリでリリースしているのも早いところ修正依頼出さなくては(笑)。

左近治の好きなJBの音は60年代中期の指板がラウンド張りのやつです(笑)。ゴリ感が強く出るんで好きな音なんですね。フレッテッドだろうがフレットレスだろうが非常にマッチしていると思います。まあ、好みなど人それぞれですが。

フレット幅が細い方が左近治の好みなのかもしれません。フォデラもフレット高はありますが細めですね。押弦の加減によって結構音が変わるからかもしれません。ラウンド張りのJBならプレベじゃなくとも!と思うことはしばしばです。

その昔、ビビリ音なんか気にしない!というくらいロー・アクションにセッティングして弾いていたこともありましたが、今では弦高が高い音が好きになってしまった左近治。それもこれもロー・アクションに頼らないスラップを覚えるようになってからでしょうか。そんな時代もあったもんでした。
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ヒノテル「Key Breeze」アナリーゼ [制作裏舞台]

本日3月28日リリースの曲は4曲ですね。EFXシリーズはまるでスーパーマリオの地下ワールドを思わせる音楽(笑)。一応オーギュメンテッド・スケール(短三度→半音というテトラコルドの繰り返し)を用いたモチーフから作ったモノなんですけどね(笑)。まるでそんな小難しいコトを感じさせない脳幹直撃系のレトロゲーム系の音楽になってしまいました(笑)。

んで、マジ曲の方はというとですね、日野皓正のアルバム「New York Times」に収録のB面ド頭ソング(当時)の「Key Breeze」の3パターンを用意。

このアルバムは本当に密度が高いと言いましょうか、非常に良い曲が揃っておりましてケニー・カークランドのローズやトム・バーニーの「唄う」ベースなど、25年ほど聴き続けている今でも発見させられるものが多いアルバム。

左近治はこのアルバムの中でも特に好きなのが、この「Key Breeze」と「Newborn Swing」「Morning After」辺りでしょうか。

ココの所、「マイナー・メジャー7th」の使い方やら「メロディック・マイナー・トーナリティーの使い分け」をテーマに、色んな曲を織り交ぜながら楽理的に解説しているので、この曲も取り上げなくてはならないかな、と。

楽理的に語れる曲とはいえ、この曲のメロディは実に親しみやすく、幼い子供でも口ずさめるくらい(良い意味で)非常に素晴らしいメロディ。さらにはそんな親しみやすいメロディにやたらと凝りに凝りまくったコード・プログレッションという風には聴こえず、そのコードの当てはめ方も「このメロディにはコレしかないだろ!」と言わんばかりの難しさなど微塵も感じさせない自然な和声の流れ。コード・プログレッションのお手本でもありますね。

当時のフュージョンバンドのカシオペアはコード・プログレッションの偏向度が余りに強すぎて、周囲の作曲者以外のインタープレーの技量ではもはや操れきれなくなるほど自由度を奪うようなコード・プログレッションとは全く異質。まあ、それくらい自然で、且つ素晴らしい和声なんですよ。

まあ、イントロのコード進行は述べる必要もないと思うので(笑)、弱起で入るメロディではありますが、とりあえずAメロから語ってみまひょ、と。※ド頭は弱起ではありません。大ボケこきました。

因みにこの曲は当時発売されていた日野皓正の楽譜には収録されておりません。それらに収録されていた曲は倍の音価で表記されていたりしたんですが、一応ポピュラー・ミュージックのそれっぽく通常のテンポ感で解説していこうと思います。

(何を言っているのかというと、通常8分音符に聴こえるフレーズがあったとしたらそれは四分音符表記だということ。通常のbpmは四分音符=●●でして、bpm=80だとしたら、この曲を語るには以前リリースされていた楽譜の流儀にならえば二分音符=80のテンポによる楽譜表記が望ましいのではありますが、ということです。しかし、解説を判りやすくするために四分音符=80の表記と捉えて語るという意味)


Aメロは1&2拍でワン・コード、3拍4拍と各拍にコードが当てはめられます(こういうコードワークの著しさから楽譜表記では二分音符=80の書き方の方が本当はのぞましい)。

1&2拍目はE♭△9そしてFm7→D7(#9)。ここで驚きなのは4拍目においてシャープ9thを使うワケですね。このメロディの流れで。メロディの旋律に酔って(没頭)しまうと、そのシャープ9thの出現があったことすらも「ごく自然に」経過させてしまうほどの素晴らしいコードプログレッションがもうこの時点で目の当たりにできるワケですね。

もちろんジャズでツーファイブの真骨頂というのは、リハーモナイズさせる時にどの部分にツーファイヴを押し込めることができるか?という視点においてアレンジすることなど普通に行われることなので、この曲に限らずジャズ・アレンジの真骨頂とよぶべきツーファイヴを新たに当てはめるやり方は何もこの曲だけが特別なのではありません。ただ、その親しみやすいメロディとそのコード・プログレッションの自然さは特筆すべきもの、という意味です。

ただ、シャープ9thの後にはトニックに解決するのではなく代理でもう一回E♭△9に戻るんですが、その後E♭m9→Dm7(3拍&4拍)で、同主調の調性を拝借する動きにしてくるワケです。ここも実に巧みです。ここだけのたった2小節のシンプルな旋律でこういう6つのコードを当てはめてくるわけですが、そんなこと気付かせないほど自然だということがお判りになるかな、と。

その後Bメロに展開していき、着うたリリースのパターン1ではBメロは3小節までとなっておりますが、この3小節内は2拍ずつコード進行が形成されております。

E♭△13(♯11)→D♭9→Cm11→B♭m9(11)→B♭m11→D♭△7(#11)という風に。

余談ではありますが冒頭に掲げたE♭△13(♯11)は下属音を根音とする副十三の和音である為、和音構成音は自ずと[es・g・b・d・f・a・c] という事になり、表記上からは視覚的に直接見えない本位九度音を包含している事になります。一般的には基底和音を四和音にした上で9・11・13度音を括弧付きで括るコード表記或いは分数コードとして分母
四和音のE♭△7及び分子をアッパー・ストラクチャー・トライアドのF△と表記するのもおおいにありうる事でしょう。

やはり注目すべきなのはBメロ入ってから2小節目の3~4拍目のB♭m△7(9, 11)の部分でしょうな。ベースのクリシェの巧みなアレンジもさることながら、コードネームだけ見れば実に難しそうなコード進行なのに、これほど味わい深い実に親しみやすいハーモニーを形成しているという点は見逃せません。

その後着うたパターン2の頭、つまりBメロ4小節目から6小節目のF△9に解決させる一連のハーモニックリズムとなっている部分はこうなります。

F7(♭13)→G♭△9(#11)→Gm7(♭5)→Gdim△7(on C#)→B♭△7(on C)→F△9

ここで注目すべきなのはGm7(♭5)→Gdim△7(on C#)このコードの動きですね。特にGdim△7にクリシェとしてさりげなく移行する所(2017年に解説する記事のYouTubeに用いた譜例動yu画では元のコードから剥離する様にクリシェ・ラインの束が経過和音として半音下のF♯△を形成するようなバイトーナル和音式にて表記)。拍として短く聴こえるでしょうから聞き逃さないよう注意が必要ですが、ディミニッシュ・メジャー7thを使うということは、メロディック・マイナー・トーナルであることを示唆するワケでして、後に現れるハンガリアン・マイナー・トーナリティーとの差異感を認識することができることでありましょう。

その後にBメロ部4拍目、D7(#9、♭13)のキメとなるワケですが、ここの所は実際には♭9th音も使っているので「E♭m69(on D)」の方がハーモニーの精度を捉えた表記としてはこちらの方が望ましいでしょう。しかしトーナリティーの区別を判りやすくするにはD7(#9、♭13)に♭9th音を付加することを明示させるか、或いはD7alt表記にせざるを得なくなるかもしれません。ただ、alt表記で注釈が不十分だと、他のパートで和声を「欲張る」人が必ず出現しかねないので(笑)、インプロヴィゼーションを行う時ならまだしも、唄メロの時とかは注意が必要です(笑)。但しE♭音は日野皓正が奏している音であり総合的な和声として生じているだけなので、厳密な意味でのコード表記としてそこまで拘泥する必要は無いと思います。私のブログでは「総合的な和声」として俯瞰している為、便宜的に全ての音をコード表記として表しておりますので、一般的なコード表記の流儀とは異なっているので注意が必要です。例えばベルクのヴォツェックに於いては属七の和音に短九度と増九度が同居する和音が現れますが、同度由来のオルタード音が同居するという意味ではこのような先例もあるのはご承知おきを。

その後のBメロはサビまでの流れが以下のようになっております。これも2拍ずつのコード・チェンジですね。

Gm9→G♭△7(♭5)→Fm11→E♭△7(#11, 13)→A♭△7(#11, 13)→G7(♯9, ♭13)

ここでも見逃せないのはG♭△7(♭5)という硬減長七を基底とするコード。初稿時にはこの和音をF♯△7(♭13)由来と誤った見立てを立てておりましたが、ハーモニック・メジャー関連またはジプシーの類型のモードから創出される話題に導きたいばかりに誤った解釈のまま事実確認を蔑ろにしてしまって投稿してしまっていたのはお恥ずかしい限りであります。こちらの硬減長七は第5音が半音低くオルタレーションされる必要があるという事を示唆しているので、決して♯11音を付与して完全5度音オミットされているという事ではありません。

とまあ、楽理的に結構突っ込んだ文章になっておりますが、曲を聴けばこんな難しさが吹っ飛んでしまうほどの素晴らしく親しみのあるメロディとコードワークで形成されているので、なにはともあれ原曲をお聴きになることが一番かと(笑)。

で、サビはというと

E♭△9→D7(♯9、♯11、♭13)→C7→Dm7→Cm9(on E♭)→A♭△7→Gm7→G♭△9(+5)→F△9

ド頭のE♭△9ではベースがルートを刻んで13th音に行ってから5th音に流れます。一時的にはCm11っぽいハーモニーを形成するワケですが、ここはあくまでも5th音のためのクリシェとしてベースが動いているので表記的にはE♭のままです。ベースが13th音を奏でれば確かにコード表記が変わるシーンもありますが、7度音や5度音とのクリシェが顕著な場合はこういう使い方もアリっていうことです。左近治のリリースしている今田勝の「Driving the Cabriolet」のAメロのベースも13th音使ってます。
※着うたパターン3の方でのリフレイン部では、ココの部分のE♭△7だけがD♭7(9、♯11)に変化しています。原曲でもコレ1回しか出てきません。和声を欲張らせないためにC♭aug/D♭という表記の方が判りやすいかもしれませんが、トーナリティーを把握する際にはやはり先の表記の方がよろしいかな、と。

A♭△7→Gm7→G♭△9(+5)→F△9という流れは最後は8分食ったシンコペなので、ほぼ1拍ずつのコードチェンジとなるワケですな(笑)。

まあ、見逃せないのはやはりラス前イーシャンテンのG♭△9(+5)ですね。メジャー7th上の「+5」ってこたあ、♭13th音とは違うことになるんで、ここのトーナリティーはメロディック・マイナー・トーナリティーを示唆するということになりますね。

そうすると、今までマイナー・メジャー7thやらディミニッシュ・メジャー7thが出現した箇所を比較してみても、このように「使い分け」がされているというワケです。

ですから、マイナー・メジャー7thのカッコイイ使い方とかですね(笑)、メロディック・マイナー・トーナリティー(リディアン♭7thスケールも含みます)を覚えたい方は、私が紹介するこの手の曲をお聴きになってみるのもよろしいかと思います(笑)。


通常の楽譜表記だとこういう風になるから、ホントはbpmを二分音符=80で表記したいんですよね(笑)。符割を細かくすると、こういう風にケーデンスが著しい曲だと読譜力は人それぞれなので、解釈が浅いまま拍を追う人がいるものなので(笑)、深く知らしめるためにはきっかりはっきり半分の音価で表記した方がイイ時もあります(笑)。私の周囲では「読みづらい」などと愚痴こぼされたこともありましたけどね。

左近治がこうして力説する理由は、やはりメロディック・マイナー・トーナリティーやらハンガリアン・マイナー・トーナリティーを念頭に置いたモードを用いた音楽のハーモニーは「カッコイイ」から(笑)。これに尽きますね。別に最近目覚めたワケでもなく、Kクリにおいても古株の部類に属する私は着メロ黎明期からこの手の響きを用いた音楽を扱ってきたワケでして、そんな楽曲をたかだか3&4和音で「どうやって聴かせるの?」と言わんばかりの難曲を敢えて選曲してきたのでありますが(笑)、和音が乏しい時代の着メロならば結合差音を視野に入れたアレンジを施したり、と。無い知恵絞って色々やっていたワケなんですよ、コレが(笑)。

まあ、こうして語ってきてはいるものの、ホントの所、もっと力説したいのは、オルタード・テンションにおけるドミナント・モーションを伴わないomitな使い方、つまりチョット見慣れない特殊な分数コードを語りたいワケですね。こういうのはスティーリー・ダン加えてウォルター・ベッカーのそれが最も顕著なんですが、そういうのを語るには題材として高橋幸宏の「La Rosa」のリリースを待たねばならないかな、と(笑)。


近年で言えば冨田恵一のコードワークなどはやはりメロディック・マイナー・トーナリティーの咀嚼が巧みですし、少々遡れば今井美樹の「ポールポジション」の分数コードの使い方にもそういう部分を垣間見ることはできますが、いかんせんJ-POPの類は左近治、馴染みが薄いので、本当はもっと佳曲が多いのを知らないだけなのかもしれません。

ただ、一般的に多くのメディアで耳にする曲というのはやはりまだまだこういう高度なアプローチは馴染みきっていないと言えるとは思います。

高橋幸宏の「La Rosa」なんて30年前の曲なワケですよ(笑)。このブログ読んでる人の中には生まれていない人だっていると思うんですね(笑)。そんな昔から先人達は巧みに使っていたということなんですね。今と30年前。音楽を取り巻くテクノロジーなんて物凄い変貌を遂げているわけですが、和声的な部分では進化どころか退廃してしまっているのではないかと思えるくらい、殆どが形骸化したものを装い新たにしているだけなんですな(笑)。

もう少し追究していってイイんでないか、と。だからこそジャズも進化せずにいるわけですな(笑)。世界はまだイイものの、日本となると本当に目も当てられない(笑)。色香だけで購買欲そそらせようとしてたりとかね(笑)。ジャズなんて顔なんざどうでもいいのに(笑)。
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インダストリアル・サウンドを実感した時 [制作裏舞台]

いわゆる環境音とでも言いましょうか、そういう「音効」の世界をより器楽的に採り入れようとする手法は現代音楽やら映画音楽などの多くの世界で試みられていたことであり、今でこそサンプラーやら多数のエフェクトを用いてお手軽に得られるほどに「形骸化」してしまったと呼べるほどにポピュラーになっております。

私が「インダストリアルだなぁ」と実感したのは、スコーピオンズのアルバム「暴虐の蠍団」での「Steamrock Fever」やら「カロンの渡し守」に用いられているSEやARP系とおぼしきシンセSEサウンドに出会ったのが最初でしょうか。

当時の時代背景もありパンクスやらニューウェーヴ志向な世界になり、YMOが出現。そして坂本龍一の「B-2 UNIT」を手にした後のYMOのアルバム「テクノデリック」がリリースされたほぼ同時期のザ・ビートニクスによる「出口主義」の音を聴いて、「インダストリアルな世界観」というのが培われたような気がします。

その後集めたアルバムでピンク・フロイドやらGONGやらを聴いていくと、それらの世界観こそが「源流」とも呼べるような独特のイメージを構築していたのだと実感したものでありました。

左近治がスネークマン・ショーなどに明け暮れている頃に耳にしたホルガー・チューカイ(シューカイ)の「Persian Love」(←なぜか「ペルシアン・ラブ」と訳されますが、正しい英語読みは「パージャン」です)。この曲はホルガー・チューカイ自身がFMラジオを断片的に録音したもので構築していった音楽というのは後になって知るワケでありますが、フレーズ・サンプリングとも呼べるその手法と自信の備わっている世界観の一本スジが入っているような強固なイメージに圧倒されたこともありました。まあ、この曲は当時三宅一世が出演したCMでも用いられておりますが、スネークマン・ショー収録の方は曲の後半部にてかなりテープカットされて編集されてしまっているのが難点と言えば難点。

しかしながら80sの音楽シーンというのはアナログはどんどん廃れて、ロック界ではテクニカル志向でヘヴィメタ・ブーム、エレクトロな音効など用いようものなら途端にブーイングの嵐になりかねないような時代もあり(笑)、ロックとインダストリアルな音効が本当にいい意味での邂逅というのはナイン・インチ・ネイルズの出現を待たねばならなかったのではないかと思うことしきり。

この頃はサンプラーを駆使した音楽もかなり浸透していて同時期にはグランジ系の音もかなり根付いたこともあって、ダーティーなエレクトロ感を演出したポーティスヘッドとかも登場して、その後KORNが出てくる、と。これで完全にスタイルが構築されたと言っても過言ではないでしょう。

私もその後それらのミクスチャー/インダストリアル・ロック系の音に魅了されながらロブ・ゾンビとかに手を染めつつ(笑)、ケミブラが登場してきた頃にハウス熱に冒された、と(笑)。それが今を遡ること丁度10年前の頃でしたでしょうか。J-POPが最も熱かった時代ですね。カラオケや合コンのネタ用に渋々覚えたこともありました(笑)。そんな10年前、SMAPにオマー・ハキムとウィル・リーが参加していると言われても、昔なら飛び付いていたでしょうが、当時はignoreしちゃってた頃もあったモンです。


明日、3月21日リリースはとりあえず4曲ありまして、まず一つ目はEFXシリーズ。

こちらは80s初期のミニマルなテクノを演出したんですが、音的なイメージはというと、粗雑感のある量子ノイズたっぷりのデジリバ黎明期によく見られた中域に飽和感のあるキャラクターを持った初期反射音(アーリー・リフレクション)を混ぜながらEMT系のリバーブで音像を構築するという、まあ一聴していただければ「ああ、この手の音ね」と懐かしい感じをお分かりいただけると思うんですが、この曲はまさに先述のリバーブ部分に注力したというワケです。従来のEFXシリーズとも全く毛色が違うので着信音としてもキャッチーではリバーブないかと思っております。

YMO関連となると、坂本龍一の「iconic storage」の続編ですね。いわゆる従来の続き部分です。

さらには特命係長只野仁(笑)のBGMで、お色気の中にオチがあるというか、そういうシーンで多用されるフルートのジングル(笑)。もうお馴染みですね。ショートジングルなのでサイズ的にもコンパクトでありやす。

最後に「森のくまさん」のホラーMix(笑)。

メロディこそ「森のくまさん」なんですが、リハーモナイズさせて全く別の曲に仕上げております(笑)。

想定しているイメージとしては、悪魔の本性が時折目を覚ます覚醒前の双子の姉妹がピアノの連弾というシーンです(笑)。

妹の方はピアノが弾けず、片手(右手)だけでお姉ちゃんと一緒のピアノでメロディ・パートを弾いています。そこに姉が伴奏を弾く(両手)ワケでありますが、この伴奏こそがリハーモナイズさせまくって恐怖感を演出している部分です(笑)。

弱起で入る所から全く異質な和声で入るので、初めて聴く人にはそれが「森のくまさん」には到底感じないかもしれません(笑)。メロディに耳を凝らしていると、それがようやく「森のくまさん」ということにお気付きになることでしょう。

シーンの背景としては、廃墟となった学校の音楽室に姉妹が居て、ピアノを弾いていると。

実はこの行動こそが呪いの「暗示」でして、姉妹の「ある行動」をきっかけに呪いのスイッチが入って世界のどこかで処刑されている人が居る、と(笑)。

その「ある行動」というのは、A音すなわち「ラ」の音ですね。この鍵盤を姉妹が打鍵する時が「処刑執行」を意味する「スイッチ」なんですね。

その「ラ」音はオクターブ違いで、姉と妹が弾いている、と。ところが妹は姉よりも悪魔の魂にまだ目覚めておらず「健常」な所を残しているため、姉の弾く伴奏に違和感と恐怖を抱きながらメロディを奏でているんですね。

「予感」を妹は感じながら、弾くのをやめることができずにリットする(Rit=すなわちリタルダンド)。

傍から聴けば「なんでソコ、リットすんだよ!」とかツッコミ入りそうですが(笑)、ピアノの鍵盤のA音をふたりが弾いた直後に任務終了。

どこかで執行されてしまった処刑の世界と姉妹の世界が同じ音像で鳴っているというイメージで、執行された側の音は叫び声を上げるヒマもなくノド笛だけが鳴っているという音を使いました(笑)。

従来左近治がリリースしていた「森のくまさん」とは全く対極のフェーズにあるアレンジでして、その対比を楽しんでいただければな、と思います。


まあ、今回この「森のくまさん」で試したことというのは、後に続くであろうインダストリアルな音像演出のために必要だったアイデアを生かしてみたというワケであります。

こういう森のくまさん、人の気配が少なくなった時間帯の学校で白目向きながら弾いてあげるといいかもしれませんね(笑)。動向次第では五線譜掲載します(笑)。
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エキサイター/エンハンサーについて語ってみよっか [制作裏舞台]

これらの名称で呼ばれている製品の特徴的なのは、倍音成分をコントロールして明るい音にしてギラつかせる所にありまして、例えば元のソースからパラった帯域をHPFに通して、さらにその音をクリッピングさせて波形を角立たせる、と。そうした音を原音に混ぜる。これがクリッピング・タイプのエキサイター/エンハンサー。

一方、位相を弄るタイプとしてのエキサイター/エンハンサーというものもあり、これらの方式の違いによって明確にどちらのタイプがエキサイターで一方がエンハンサーなのかという呼称の違いはありません(笑)。また、場合によっては全く別の名称を用いている機器もあります。

位相を弄るタイプとして特徴的な部分をおさらいすると、位相差によって生まれる遅延に対して人間の耳ってぇのは2.5kHzより上はかなり曖昧になるというのが広く知られている部分。この曖昧さを利用して、倍音成分を積極的にコントロールしようではないか!というのが位相を弄るタイプの方の特徴なのであります。

2.5kHzというと、その音声の1周期は400μ秒(=0.4ミリ秒)。MIDIケーブル上におけるたった1つのバイトを送る際の理論値が312.5μ秒だとして、概ね似た所の遅延であります。ノート・オン・メッセージには3バイト必要なので(同一鍵盤を連打してランニング・ステイタスが利いていないと考慮した場合)はその3倍、937.5μ秒ということになるので、ほぼ1ミリ秒と言って差し支えないでしょう。まあ、それくらいの領域だってぇこってす。まあ、実際には2.5kHzよりも下を中心周波数として扱う機器もありますけど、人間の耳の曖昧さを逆手に取って、より活用できる帯域が2.5kHzよりも上ということだけ念頭に置いていればいいのではないかと。結果的に出てくる音はエッジ感を強めて、より高域成分が立つという方向で音を作ろうということですから。

倍音成分を意識するにあたって視野に入れておくことは、通常自然倍音列において七次倍音より上の成分を強調すると概ねギラついてくるというワケで、そこで奇数・整数次を考慮しながらパラメータとして与えればよりエフェクターとしての性格をより強めていけるワケですね。場合によっては整数次でなくともよいのでありましょうが。

扨て、仮に2.5kHzを視野に入れて位相を180°ずらすとなると、これが「逆相」。すなわちキャンセリングされます。この場合200マイクロ秒ずれたことに等しくなります。

2.5kHzのピュアトーンがソースならともかく、実際の音のソースというのは複雑な倍音成分を有しているので、たまたま2.5kHzより上の音がカン高く鳴る音に対しても、その音が完全に消失するというのは少ないと思います、実際には。デジタル領域での複製というシーンなら有り得るかもしれませんが。

仮にキャンセリングされたとしても、180°ずらした時というのは倍音列で語れば二次倍音がキャンセリングされたと同意です。位相が90°ずらした場合だと、2オクターブ上の倍音がキャンセリングされる、それに伴って2オクターブ上(四次倍音)がキャンセルされようとも、元の2.5kHzが減衰を始める前にまた2.5kHzがやってくることになるわけで、これは強調されることになります。

つまり、コヒーレント(干渉)な視点で強調・相殺を積極的にコントロールすることでエッジを立たせる、と。位相角を弄れば元周波数のどの辺りの倍音成分をコントロールすることになるのか?ということは、自然倍音列を追って見るだけでもすぐに答は得られます。大体7~16次倍音辺りを視野に入れた上で強調できればいわゆる「ブライト」と形容できる音にはなるものであります。もっと上も弄ってイイんですけどね(笑)。

ボコーダーなども最たるものの一例で、あれも極端に狭い帯域を上げ下げすることによってエッジを立たせて強調しているというワケです。実際にはカットされている帯域も多いのにエッジが立つように聴こえる一例だと思えば判りやすいかもしれませんな。

極端なショート・ディレイにおいてもこういう視点で音を強調させたりすることは可能ですが、ディレイ部分の音の扱いと原音とのブレンド具合に対して注力しないといけないかもしれません。

ところが7次倍音やら11次とか14次倍音とかの類は、音律的には結構「ズレ」てるんですね。こうい倍音は確かに高次になればなるほど増えますが、こういう音を「器楽的」に用いて音色を彩ろうとするところが実に興味深いものであります。

ジャコ・パストリアスの「トレイシーの肖像」なんていうのは、ハーモニクスを用いて音律的にはズレた微分音を使って(実際には微分音を積極的に用いたのではなく、ハーモニクスのみによる音楽を形成するために近似的な音として使っている)いるという曲があるので、音律的にズレたという倍音を強烈に認識できる最たる例だと思いますが、こういう要素をも器楽的に用いようとする所が興味深いというワケであります。

通常なら大気を伝わる音を実感しながら聴いているので、耳は気体を通じて音を認識する器官と思われておりますが、実際には空気を伝わる音からさらに液体を通して伝わる音を得て認識しているという部分が最重要で、それ以外に骨やら腹腔、胸腔、口腔、咽頭、鼻腔やらを伝わっている音も一緒に脳が変換して認識しているものが「音」であって、音なんてぇのは材質やらその密度によって伝播速度は大きく変わるものの大気以外では概ね、水中やらコンクリを伝わる速度の方が何倍も速いワケです。人間の肉体の70%が水分、あとは骨と肉、内耳の液体成分やら水やコンクリとは材質は違えど(笑)、伝播速度は気体よりも明らかに速いのは明らかです(笑)。

それらを全て「同時」に認識させる脳の役割というのもこれまた興味深いものでありますが、実際にはズレとして認識はできなくとも、それが「デフォルト」として我々は音を認識しているのかもしれませんな。故に「位相」のズレを許容している、と。

深いぜ、エキサイター(またはエンハンサー)と人間(笑)。
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音楽界の耆宿たち [制作裏舞台]

年を重ねると自分のジジ臭さにとことん溜息をついてしまうような時も多くなる日々(笑)。とはいえそんな加齢の悲哀さを語っても仕方がなく、生活に滲み出てしまうようではもはや青息吐息の五里霧中の世界に迷走しかねない現実に直面、と(笑)。

そんな中色々とあーだこーだ思案しながら制作にふけるというワケですが、しかしアレですね。今回のサンレコのリバーブ特集にも見受けられますが吉田保氏の経験に裏打ちされた実に端的な表現には、実にうんうんと頷かされることしきり。咀嚼されたその実に端的でシンプルな表現にはもはやこれ以上簡略化ができないと言えるほどの表現。これこそが耆宿の持つ経験ですね。

左近治のブログなどその冗長たるや自分で情けなくなってくる有様です(笑)。先述に挙げられる人のような歳の取り方をしたいものだとつくづく感じる左近治でありました。

若い人達からすれば私もすっかりオジサンなのでありますが、せめて補聴器入れるまでは音楽に触れ合っていたいと思う左近治です(笑)。

まあ、補聴器ならまだしも体ン中ペースメーカー埋め込まれる可能性すらあるのだから、そうなった時のてめぇのクロック・ジェネレータがカリウム増大で誤動作起こしてお陀仏になりたくないモノでありまして、なんだかんだ言いつつも健康&五体満足あっての営みこそが重要なんだと感じることしきり。

生活面で真面目に考えてはいても、やはり心のどこかでは「おバカ精神」がうずくのか、飛び道具系も用意しないとマズイだろ、と思っている左近治。来週も飛び道具系のリリースは目白押し(笑)。

ある意味、脳幹直撃するトルエンのかほり(←やってはダメですよ)にも似た、学力偏差値なんのその!という先天的パンクス精神とでも言いますか、生まれた時からレフト・ウィング(笑)魂見せ付けてくれるような単純明快な発想を用いて制作してみたり、と。楽理面で追求する時もあれば、トコトンおバカな姿勢も忘れてはならないと思う左近治であります。こういう対比が面白味をさらに演出してくれるのだと信じてやみません(笑)。

制作面に話を向けると、先のサンレコの記事にもあるように自分自身には結構リバーブに関することはタイムリーだったと言いますか、来週リリース予定の某曲も苦心した部分がありまして、ヒと汗かいた後の耆宿たちによる言葉の後押しを得たような気にもなったモンです。

とはいえ来週リリース予定の曲など相当以前に制作していた曲なので、自分自身ではリアルタイムというよりも少々なつかしむようなことですらあるもので、実際昨日まで制作していたのは6月13日リリース予定の楽曲だったりするという左近治の裏舞台(笑)。

限定された帯域の中にドンドンソースを突っ込むと、サンプルレートがCDDAレベルの環境だと広域のEQレスポンスは鈍化するのに低域だけはグングンエネルギーが増大してしまう。だからこそ左近治はできる限り高いサンプルレート周波数やハイビット環境を選択しているのでありますが、形にする時はCDDAレベルよりも遥かに間引きされた着うたというジレンマに悩まされることもあります(笑)。

特にビットレートが極端に低くなるとその間引きの凄さに驚かされることがあり、なるべく変容しない音でリリースしたいモンだと思うことは多々あるのも現状。

だからこうしてブログでそれっぽい事書いても、実際に利用される方々の耳に届いているのは間引き満載の音になってしまっているという現実なので、その辺りにミソ付けられてもグウの音も出ないワケです(笑)。

その辺りのチューニングやらを施すのも制作者として遂行しなければならない部分であるものの、低ビットレートにおいて直面する多大な音色変化はどんなに手を尽くしても限界というのもあります(笑)。それを逆算して音に影響を及ぼすソースを割愛することだって可能ではあるものの、重要なアンサンブルだったりするとそれはもはや不可能だったり(笑)。

中にはiTunes Storeと同等のビットレート配信もあるんですけどね。

そんなジレンマを感じさせる以前に小難しいことなど払拭できるくらいのキャラクター演出が重要だったりすることもあるわけで、脳幹くすぐるアイデアというのは対極的な側面においても重要なワケなんです、コレが。
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ツェッペリンを振り返って [制作裏舞台]

さて、サッカーの話ではなく音楽関連の話題に戻るといたしまして、この左近治最近手がけていた曲でついついツェッペリン風の音やノリを求めていたのはついこの間のブログでも語った通り。

ジョン・スコフィールドのソロ・アルバムに「Loud Jazz」という名盤がありますね。80年代後期にあれだけスティングレイの音をフィーチャーしたモノというのは結構少なく、Loud Jazzのアルバム全体の音やジャン・ポール・ブレリーのアルバム「Trippin‘」は私のリファレンスとするアルバム達でもあります。

ジョンスコのそのアルバムに収録の「Wabash」こそがツェッペリン風と思わせる曲でありまして、ジョンスコのチョーキング・ビブラートのタイミングやらわざと微分音に持っていくような所がジミー・ペイジのいわゆる「ヘタウマ」系の音にも通じるようなところがあって、私は結構好きだったりします。とはいえどちらもそれなりの味わいがあるし、ハイラム・ブロックもこちらのフェーズに属すると思います。

Wabashの制作はとっくに終えておりまして、ちょっぴりボンゾっぽいドラムを演出してみたり、6連と5連の交互に続くフレーズを織り交ぜてみたり、音はシンプルであるものの、打ち込みレベルにおいて色々自己満足していたというワケであります。まあ、この手の音の好き嫌いというのもありますし、実際にはそのヘタウマ感がただの「ヘタ」に感じ取られてしまってもやむなしという側面があるのですが、近々リリースされるのではないか、と(笑)。

チョーキング・ビブラートのタイミングといい、歌の「コブシ」なんてぇのはやはり重要なものでして、それらを打ち込んでみてあらためて痛感させられる人間味溢れる音の重要さ。

サンレコの最新号でオーディオインターフェース比較とかやってましたけど、江口信夫の名前を久方ぶりに見ることができました(失礼)。確か古くはスリンガーランドのドラムを使っていたような記憶があるんですよ。

その比較記事に使われているデモ曲のボーカルの

「Huh~Dear my best friends~♪」(←たぶんこう唄っていると思います)のフレンズの部分での6連で動かすボーカルのビブラート。こういう符割をきちんと意識したビブラートというのはやはり聴いていて気持ちがイイですし、その辺の素人カラオケなんかビブラートの符割まで意識している人など皆無に等しいモノであります(笑)。さらにこの揺らぎのスピードを遅めて自分独特のカーブにしていくと演歌などの類にもつながる世界なのかもしれません。ただ速いだけのビブラートなんてトーシロでも出来るワケですからね(笑)。ちなみにトーシロ・ビブラートはもっと「LFO」が速いのが特徴です。この曲に関して言えば32分音符の符割よりも全然速いモンです(笑)。

オーディオインターフェースのアナログin/outで録音されているのがポイントのようで、ensembleは期待通りですが、MOTUとMIOとdigiは全体的にノイズフロアが高くなってしまっていて、これが注釈のバウンスで各トラックのレベル補正の表れか!?と少々懐疑的になってしまった左近治であります。

TCの平滑感はちょっと意外で、Focusriteにはかなり驚きました。あの価格帯ではかなりイイな、と。PreSonusもクリアであるものの3.5kHz辺りのピーキーな感じがチープに聞こえるような。Mackieは全体的にクリアではあるものの、少しブーミーといいますか、ボーカルのマイクの吹かれ感が少し強く出る傾向にありそうな気がしました。

サンレコのデモで結構ポイントだなーと思ったのは、先のボーカルの一節の「Huh~」の部分で、ここで結構ささやき感とリバーブ感の境界線が際立って聴こえる類がdigiとFocusriteは抜きん出ていたように思います。マイクプリが相性良かったのかもしれません。

digiの平滑化は著しいものの、digiらしいというか、低域ソースで且つ倍音が豊富でフルレンジに伸びたようなソースだと、その音に対する倍音の伸びが艶やかになるというか、フルレンジソースを扱うには結構使いやすいのではないかと思いました。それでもMOTUとMIOはまるでディザ降ったようにしてしまっているのはバウンス時になんかあったんじゃないかと思ってしまうんですが(笑)。MIOならこういう場合ULN-2の方が良かったのではないかと思いますが、タム類の倍音の出音はやはりイイですな。一応左近治はensembleと2882どちらも使っているので(笑)。それにしてもFocusriteはかなり意外でした。
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今回はローズがキモ! [制作裏舞台]

3月14日のリリース曲についてざっと語ることにします。今回のリリース曲は「9曲」です。

ざっと語らないとタダでさえ文字数の多い左近治のブログ(笑)。9曲語った日にやあ、それこそ読む気も失せてしまいかねないので(笑)。

まずは手前味噌のEFXシリーズが3曲。ひとつはエレクトロ感タップリではあるものの、古きよきハウス黎明期を思わせる叙情性のある「スローなハウスにしてくれ」とばかりに作った曲。パラレル・モーションのモチーフに「短二度ぶつけ」のローズをウォルター・ベッカー風に味付けしております。元のモチーフは「EFX03」のモチーフを発展させたモノなんですけどね。

ほかの2つのEFXシリーズは先週もアナウンスした通り「おみくじシリーズ」です(笑)。ひとつはNHKのど自慢の失格シーンで聴かれるような音を使ってはおりますが(笑)、可もなく不可もなくという相手に着信設定してあげるとイイかな、と。位置付け的にはニュートラルなんですが、お好みに合わせてどうぞ、と。

もうひとつのおみくじシリーズが、「ガッカリ感」をトコトン演出したといいますか、Aコンディミを使ったフレーズなんですが、このフレーズ実は左近治のベースの手慣らし練習フレーズのひとつでして(笑)、拍子抜けしそうなホーンセクションがバックで流れます(笑)。ヴォイシングはかなり簡略化されていますが、Dマイナー・トーナルにおけるA7(#9)を想起してD7というドミナント・モーションを連想していただけるのではないかと。Dmで解決したいという響きがおそらく頭の中で蠢いてくれるのではないかと期待しております。チト楽理の話題になりましたが、そんなこたぁ微塵も感じさせないガッカリ感のフレージングを堪能していただければな、と。


今回のYMO関連というと、坂本龍一の手がける「Kiska」の3パターン。ひとつはイントロ→Aメロ部。2つ目がAメロ→ブリッジA。もうひとつが2つ目のパターンのケツにES-175のイナタいオクターブ奏法を堪能していただければな、と(笑)。

さらにはKYLYN収録の「Mother Terra」のイントロからAパターンで分断するのではなく繋げたパターン。意外にこういう繋げた感じのニーズはあるのだろうかと、私の周囲ではそういうのがイイと言われたこともあり、今回このように。

あとは、フジテレビ平日午後1時と言えば、小堺一機の「ごきげんよう」の中のサイコロトークのジングル(笑)。実に単純なジングルとはいえ、結構ソフトシンセ使いましたよ、コレは(笑)。なかなか侮れないモノです(笑)。

最後に、なつかし米国ドラマ「チャーリーズ・エンジェル」の番組内のアイキャッチですね(笑)。坂本龍一っぽいですよね、このジングルは(笑)。サカモト繋がりってことで今もBSで放送されておりますし、タイムリーかな、と(笑)。

これらの曲の詳細については追ってまた詳しく述べていこうと思うので、今回はこの辺で。
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ソフト音源をHeavyに使う [制作裏舞台]

扨て、前回はDAWアプリケーションの制作環境、すなわちサンプルレート周波数の設定如何によって音は全く違うモノなのだということを検証したワケですが、あらためて言いますと、同じプラグインやソフト音源のパラメータを用いているのに音の変化というのはあまりにも大きい、という事を知ることが重要なのでありますな。

というのも、前回のブログでは制作環境においてサンプルレート周波数を使い分けているものの、最終的にはいずれのサンプルレート周波数を用いようが16bit 44.1kHzにしているという所に気付くのが重要なんですね。「どのみち16ビット44.1kHzにするなら最初から44.1kHzを選んでも問題ないだろ」と思ってしまうのはかなり無理があるかな、と(笑)。まあ、人それぞれですけどね。飲酒運転厳罰化されても横行しているような世の中ですから、色んな人がいるのもアリかな、と。

自分で試せる環境があればすぐに判りそうなものですが、実際にそういう環境にあって違いが判らないのならどこかに問題があると認識しなければ鳴らない時ですね。こういうことを受容できる判断が大前提で、妥協をするしないはその後決まるというワケですね。知らず知らずの内に妥協してしまっているような環境なのにやたらと崇高なフェーズを目指すのは無理があるかな、と。カセットテープで数回ダビング重ねた音をどれだけ弄ろうが、マスターの品質を超えることはないのは当たり前田のクラッカー(笑)。でも、そういう矛盾を抱えてしまっている人ってかなり多いのも事実なんですね。

ま、そうして高ビット&高サンプルレート周波数を選択して制作に勤しむとしても現実問題としてマシンスペックに左右されるワケでして、自ずと高い負荷に直面したり、より高い処理能力を要求されてしまうのであります。

マシンスペックにそれほど左右されないようなソース、ソフト音源を鳴らすのではなく普通にオーディオトラックを録音するにしてもこういうシーンではHDDに負荷がかかるワケですな。うまい事無音部を削除しないといけなくなったり。まあ、エフェクトプラグインにしても高い負荷がかかるものも珍しくないのが現実でありますが、音を作る上で極力妥協はしたくないというのが人情でありましょうし(笑)、自身の環境を言い訳に妥協ありきではハナシにならないのであります(笑)。

ソフト音源の多くは正直なところ、分散処理という面でそれほど最適化されているとは思えないのが現状。改善の余地は充分あります。

もちろん物によってはマルチコア&マルチCPU対応になっていたりするものもありますが、まだまだ改善の余地はあると思います。すなわちソフト設計側の「妥協」によって制作サイドが割を食っているというのが現状なんですな。だからソフト音源の多くは高負荷が付き物だと無理矢理理解せざるを得ないという側面があるワケです(笑)。

Macの場合、Panther時代くらいだと主要DAWアプリケーションがOS Xに対応した程度の動きでしかなく、OS9環境で使っている人がかなり多かった時。「そろそろOS Xに移行する時かな」と感じさせる時代でしたが、Panther自体がジャーナリングをOFFにすることが可能だったため、メーカーがアナウンスしてもいないのに微増のパフォーマンス向上を声高に代理店側が強調することでジャーナリングをオフにしたままキャッシュやSMP処理などの整合性が保たれなくなってエラーを頻発させたり(この原因の多くは安価メモリや安価HDDドライブにも原因があります)、データがエラーになって読み込めなくなったり、OS全体のアクセス権の修復すらままならない状況を改善できぬまま問題を顕在化させてOSをアップグレードしている人も実に多いワケですね(笑)。

問題を抱えていようがいまいが、ソフト音源やエフェクトプラグイン単体での最適化はもとよりIntel MacだってG4やG5シリーズの「あれだけ低クロックだった時代」でも、DSP処理には定評のあるPowerPCとAltiVecの最適化で結構な処理を実現していたことを思えば、Intel Macはまだまだ余力を残しているなと感じさせます。まあClassic環境は切り捨てられているのだし、今でも相当なパワーでブン回せるMac Proですが、さらなる余力を残していると思わせてくれるだけでも物欲が高まるというモンです。

「スピードこそが命!」と言わんばかりに、内張り剥がしてエアコン外して、触媒まで取ってしまった直管マフラーで、ゼロセン(=0→1000m)数回走る程度のガソリンしか入れない車で高速道路入ってしまう人はまずいないでしょう(笑)。妥協する所は間違えずに、前向きに音作りに励みたいモノであります。
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