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梅はまだか!? ビートニクスはまだか!? [YMO関連]

 この春、梅の開花は遅く、やはり今年は例年より寒かったのだと痛感しますが、なにせ私は寒い時が好きなモノでして、過去を振り返るにしても冬の記憶は執拗なほどにこびりついております(笑)。UME2012.jpg

 扨て此処の所、高橋幸宏と鈴木慶一のデュオ・ユニットであるザ・ビートニクスがNHKやBSフジで最新アルバムや嘗てのYMO並行期の1st時代のカヴァーも含めて演奏されていたライヴの模様が放送されていたコトもあってご存知の方も多いのではないかと思います。





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hiyodori.jpg ツイッターの方でも呟いておりましたが、ザ・ビートニクスの1stアルバムの発売が1981年12月5日のコト。私は前日に入手していたワケですが、その日から数えて2012年の3・11という日は1万日以上経過しているというのをわざわざDATEDIF関数で調べてみたワケですね(笑)。ヒマだなぁ、とお感じになるかもしれませんが、私にとって31年前位の時というのはケツも青けりゃ髪も青い!という、異端であり乍らも音楽においてはおそらく最も没頭していた時期であったのは間違いなく、そんな中で出会った高橋幸宏サウンドというのはとても注目していた時代だったワケでした。extentialism.jpg


 1981年という年は以前にもチラッと触れた事がありましたがYMO人脈でなくとも日本におけるテクノ界隈では大きな節目となるのは間違いないと思うワケですが、その中でも私が注目したいのは、当時の高橋幸宏が作り上げていた音世界のバランスの良さでありまして、この年YMOはBGMとテクノデリックという2枚のスタジオ・アルバムをリリースしているワケではあるものの、私としては高橋幸宏のソロ・アルバム「ニウロマンティック」と鈴木慶一との「出口主義」という作品に注目してしまうワケであります。その高橋幸宏関連のふたつのアルバムの間にひっそりと「死ぬのは嫌だ、怖い。戦争反対!/スネークマンショー」で高橋幸宏作曲の「今日、恋が」が収録されていたりもして、高橋幸宏の多様な音楽センスしかもメジャー7thに対して懐の深い感性を有している事をあらためて知ることが出来たりもするワケですね。


 私が高橋幸宏サウンドに没頭していた理由は、音が「デッド」で、ビートはタイト。曲が書けて、シンセを使いこなすという、ただでさえ「シンセサイザー」という名前だけでも食い付いてしまう時代において、ドラマーがそれを難なくこなしてしまう才能というモノに身震いしたモンで、ワクワクし乍ら聴き入っていたモンでしたね。ただ私の周囲の年長者からは、私がYMOを是とし物事の判断基準においてYMOを中心に据えてしまうような向きに危惧していたのか、非YMOのアーティストの良さを、それまでよりも遥かに濃密にレコメンドしてくれたり、自分自身も器楽的な経験が増えて行っているので彼らのそうした意図を汲んで自分自身の理解度も増したモノでありました。


 そういう1981年、私の好きなクロスオーバー/フュージョン界もご多分に漏れず「アーバン化」していておりましてですね(笑)、つまるところ、ベースの音は音価が短いモノが好まれ、ロングトーンが少なくなるんですな。音自体もショート・ディケイが好まれる。こうしたアーバン系に影響され乍らスラップの世界に入ってしまうと、ベース本来の音価の長さを巧いコト活かせないフレージングにもなりかねないのでありますが、そうしたアーバン・スタイルなリフとスラップが遭遇すると良いコト全く無かったのが事実でして(笑)、アーバンなスタイルではなく我が道を行っていたのがマーカス・ミラーであったワケですな。アーバン・スタイルな音楽であろうとソフィストケイトされたリフとサウンドがどんな音楽にもマッチしていたという、時代が許容したのがその後のマーカス・ミラーの音だったと思いますね。


 実は私は、当時からゴツイ系のベース・サウンドが好きな方でありまして(笑)、ジェントル・ジャイアントのレイ・シャルマンのピック弾きサウンドは勿論、トニー・レヴィン、エイブラハム・ラボリエル、デヴィッド・ハンゲイト、アンソニー・ジャクソン、ウィル・リー、フレディ・ワシントン、ロン・アナマン(Trillion)、細野晴臣、伊藤広規、後藤次利、渡辺直樹に心酔していたワケですな。

 先の1981年のアルバムを引き合いに出すと、そこにヒューマンなベース・プレイが聴くコトができるのはBGM収録の「ラップ現象」若しくはテクノデリック辺りのモノに限定されていくのでありまして、ヒューマンなベースではない音のカッコ良さを体得してしまうワケです(笑)。尚且つYMOではない時の高橋幸宏の当時の感性には相当惹かれていたモンでして、「ニウロマンティック」「出口主義」においてはアンサンブルにエレクトリック・ベースが無かろうと掛け値無しにシンセ・サウンドや今で言う所のエレクトロ感覚が研ぎ澄まされていた作品でして、私は実に没頭したモノでした。


 ベースを弾く事で、本当の意味でコードのルートから眺めるバンド・アンサンブルというモノを会得していき、若かりし頃なら自分のパートだけしか没頭していないような連中が周囲にも沢山いるのが当たり前の光景であった中で、音楽自体を斜に構える見方と言いますか、自分がベースを弾く事で自分のパートだけに没頭せずに周囲に耳を傾けていたら、それまでとは違うメロディが聴こえて来たという発見がありまして、平たく言えば耳の幼い私が食い付いてしまっていた別のフレーズや曲の陰影が見えて来た、というワケで、ベースを弾くことでそれが強化され、さらにはエレクトリック・ベースも存在しないシンセ・サウンドへ食い付いた事が、その後の他の音楽ジャンルでの食い付き方とやらに貢献していくコトとなったワケです。

 そのシンセ・サウンドとやらもよくあるフィルターの時系列的変化とか、レゾナンスをミャンミャン活かした「安い」モノでは食い付きたくないんですよね(笑)。で、亦、YMOとやらもそうした「よくある」シンセの音というもの自体は極力使っていないというか、徒にミャンミャン言ってるような音で少ないのが功を奏していて、更にそこにテクノとギター類のバランス感覚が絶妙で、更には高橋幸宏のドラムの音が好きだったというのもありますかね。とことんタイトな音と言いますか。


 この頃の高橋幸宏のドラム・サウンドの特徴はハイハットを排除していきます。レコーディング時には叩いてはいても消し去るワケですね。こうした手法というのは、シンセのリズミックな音でトニー・マンスフィールド系のホワイト・ノイズから加工したSEを活用していたり、いかにもシンセ・ブラス系にありがちなフィルタリングではなく、その後の「The Real You」にあるような雀のつぶやきのようなリズミックなフィルタリングでの音には金物系は邪魔だったんでしょう。それに加えてドラムそのものの残響もデッドな音を志向するワケですが、ドラムの鳴りは「不必要な」鳴りを排除しようとしているだけで、無響室でドラム類の音を聴く様な音を志向していたワケではないのは明白です(笑)。

SOMEANYthing.jpg 「不必要な」余韻を無くすのは何もYMO周りだけではなくゲートで音を切る方法論は存在していたワケですが、ゲート・リバーブを発明したのはピーター・ゲイブリエル界隈とも言われており、YMOファミリーを擁護するファンはYMOだとする方もいらっしゃるようでして、この辺りは面と向かって一度殴り合ってでも議論を重ねない限り答が訪れるコトはないかもしれません(笑)。私自身はゲートリバーブとしての音はもっと古くから存在していたのを後に耳にするコトになるんですが、おそらくトッド・ラングレンのアルバム「Something Anything」に収録の、今や誰もが知ってるマスト・アイテム級の「I Saw The Light」のドラムがゲート・リバーブの祖だと私は思っています。
 後年、高橋幸宏も自身のソロ・アルバム「Once A Fool...」でカヴァーしておりますが、カヴァーついでに語ると、同じく高橋幸宏の83年のソロ・アルバム「薔薇色の明日」収録の「This Island Earth」のボコスカ感がありながらも「切れて」いる音は、先のトッド・ラングレンの「I Saw The Light」のドラムの音に通ずるモノを感じてしまうワケであります。

 高橋幸宏が自身の構築するアンサンブルから金物を削ぎ落とす方法論はYMOで培ったモノであるでしょう。というのも今でこそサンプルレートで同期するクロックを取り扱うワケですが、アナログ時代、CV/GATEやSMPTE主体の同期の頃であっても、YMOは同期を施した時のシンセ類の音が混ざるコトで位相が相殺し合うデメリットというのに既に気付いておりまして、YMOのシンセ・サウンドが単純な減算型の音作りではなく乗算型(モジュレーションやら)の音作りによって新たな部分音や倍音を構築しようとしていたのは、シンセ出自の原波形などはいくらチューニングや電源由来の位相(直流ノイズの発生)がズレるとはいってもそれほど多様な波形は減算式では得られないのを判っていた上で、シンセを徒に数多く備えてもそれはポリフォニックのためのモノで、アンサンブル全体としては結果的に位相が揃いすぎてしまうと相殺してしまうというコトが細野晴臣のOMNI SOUNDでも語られているんですね。

 この位相問題については今現在のDAW世代の人達があらためて強く認識しなくてはならない教訓だと思うのですが、YMOの活動が30年以上前、OMNI SOUNDが20年以上前の刊行物というコトを思うと、彼らの先進的な方法論というのが今になってその有り難みを知るというのも興味深いほどに壮絶なまでの先進性だったのだとあらためて痛感します。


NWOep.jpg そうした多くの方法論から得られた中でビートニクスの「出口主義」はメタリックでインダストリアルなサウンド・メイキングのために実は金物系の音が混ざっていたりするんですな。「蛇口」のゲートでパッツンと切ったライドの音など実に顕著でありまして、さらにはこのアルバム全体でのメリットはポリ数の多いシンセを用いても徒にコードのヴォイシングを稼がずに「旋律的」な方角にリフを構成しているのが功を奏しているんですな。

 初期YMOというのは実は旋律的にリフを集めておりまして、「東風」などは別にフーガを書いているワケではないですが、複数の旋律を調域外であろうとも交わらせて複雑な垂直系の和声を生み出す事に成功しているワケでして、ベースも対位的で旋律的な動きをしているのがアルバム「ソリッド・ステート・サヴァイヴァー」までの方法論だったのではないかと思います。それを思い出させてくれるかの様なアンサンブルが出口主義のリフ構成だったワケです。

 また、高橋幸宏と鈴木慶一によるオクターヴ・ユニゾンのヴォーカルというのは、それこそYMO方面のイーブンタイドのハーモナイザーで聴き慣れたタイプの声質とは違って、クラシック系で言うなら木管の、ファゴット、クラリネット、フルートによるオクターヴ・ユニゾンの様な心地良いサウンドにすら思わせてくれる「音」に聴こえるのだからクセになります(笑)。


RiverintheOcean.jpg でまあ、冒頭にNumbers for iPhoneにて計算させた日付がビートニクスの1stアルバムのリリース日であったのですが、これから遅れること9ヶ月、高橋幸宏が「What, Me Worry?」を既に発売して、その1ヶ月後にミニ・アルバムの「二人の陰に」を発売していた頃、ビートニクスの「洋の中の川」というシングルが発売されるワケですな(※同日、坂本龍一&デヴィッド・シルヴィアンのバンブー・ミュージックも発売)。ある意味、81年では完結しきれなかった部分を補完する上で82年がビートニクスにはあったのであります。

 ドラム・サウンドに関して言えば「Ark Diamant」に見られるような、ボトムヘッドの無いコンサート・タムと思しき音と、それまでのデッドな音とは対称的なリバーブをふんだんに用いたタムのフィルが絶妙だったりする対比も見事なモノだと思います。曲中盤のドブロと思しきアコギの音が堪らないんですけど、先日のBSフジでのライヴ映像ではこの辺りのソフトな風合いがライヴの情感に消されてしまっていた感があったのは否めない所です。

heli.jpg まあこうしたアコースティックな部分がさりげなく鏤めてあるのが「出口主義」の良い所でして、特にインダストリアル感とアコースティック感の同居が絶妙な「女は男じゃない」の出来は、垂直レベルに和声を稼がずシンセのシンプルな旋律でリフを構築しているので、唄い方を「巧みに」調域を外そうとすると「明後日」の世界を垣間見せてくれるワケですな。いわゆるバイトーナル風な世界をチラ見せを堪能できるワケですが、バイトーナルな音を具現化しているワケではなく、そちらの世界を感じさせてくれる「嘯き」を垣間みるコトができるという意味です。

 アルバム「出口主義」で私が一番好きな曲は「L'Etoile de Mer」でして、この曲の調域の使い方は絶妙ですね、今聴いても。曲中盤以降で曲想が明るくなる部分のバックのシンセが、いわゆる「デジアナ」風の音を聴くコトができるんですが、これは何を使っているのか非常に興味深い音です。Prophet-VSでは無さそうですし、Emulator初号機かもしれませんしいずれにしてもProphet 5ではムリそうな音であるコトは確かですが、リング・モジュレーションだとしたらかなり緻密だなーと思います。外部変調かもしれませんが。


 まあ、なんだかんだで時はその後、1982年へ突入すると坂本龍一は故忌野清志郎と「い・け・な・いルージュマジック」を発表。立花ハジメのアルバム「H」が出た後に高橋幸宏の「ボク、大丈夫」が発売され、先のミニ・アルバムが発売されたと思います。そうして時を経てビートニクスのシングル「River in the Ocean」がリリースされるワケですね。この年奇しくもYMOとしての活動はなく、坂本龍一はアルファと無関係な所から戦メリやらもリリースしていたので不仲やリハビリ説などが囁かれたのですが実はロビン・スコットとの共作でエイドリアン・ブリュー参加の「アレンジメント」がアルファから出ているのも事実。私の知る限りではこのアレンジメント以降アルファから坂本龍一の新作が出るコトは無かったかと思います。坂本龍一界隈で見ればコロムビアも同様でYMO人気に乗っかってその後TOKYO JOEや高橋悠治の「新・ウイーン楽派ピアノ作品集成」からピックアップしてきて「Favorite Visions」というベスト盤とか出していたりもしていてアルファ以外はかなり混沌としていた時期でもありました。まあ私としては昨年朝比奈マリアの「MARIA」が再発されたのをイイことに、今やQさま!でクイズ女王として名高い宮崎美子の「メロウ」を再発してもらいたい所です。坂本龍一プロデュースですからね。当時はアイドル系のレコードはトコトン忌避していた時だったので、自分の好きなアーティストが関わっていようとも手に入れなかったモンなので今となってはポッカリ穴が開いているジャンルで貴重でもあるワケですね(笑)。WMWminiJPboth.jpg

 こうしてビートニクスの1st時代を語っていたワケですが、「River in the Ocean」は最初はノー・マークで、私は行きつけのレコード屋で先の坂本龍一とデヴィッド・シルヴィアンのバンブー・ミュージックを予約していたワケです。店主はビートニクスの「River in the Ocean」は店在庫としての注文もしていなかった様なのですが、私に「高橋幸宏関連情報でビートニクスのシングル発売だって」と知らされて慌てて注文した覚えがあるんですな(笑)。


 昔のコトを思い浮かべ乍ら語った「出口主義」周辺の話題。冒頭のNumbers for iPhoneについて語った事もあり、次回は若干横道逸れて、初歩的過ぎるけど意外と覚えない関数を交え乍らNumbersについて操作法も含めて語ってみるコトにしましょうか。
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