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坂本龍一に見る微分音の活用 [楽理]

 扨て、今回は趣向を少し変えて「微分音」の話題を語る事に。


 過去にも微分音の表記について取り上げた事がありましたが、今回は楽譜の記譜という側面ではなく微分音が用いられている用例を挙げて語るという事を目的としております。微分音というモノは平均律の枠組みに当て嵌まらない「ズレた」音なワケですが、それ単体で使っても効果は薄いですし、440Hzのコンサート・ピッチで律されたドミソの長三和音よりも各構成音が50セント低い長三和音のみを独立して弾いてしまってもそれは427.5Hzで調律されたドミソと変わりなくなってしまうのは先にも語った通りです(笑)。

 現代社会において微分音を効果的に聴かせるには、律された従来の音響的空間に微分音を加えるという手法が採られます。そうでなければ意味が無いとも言えるのでこうした手法は或る意味当然とも言えますが、そんな唐突に「当然」とカタを付けてしまっても、微分音を実感している人は極めて少なくなるのが現状でしょう。

 微分音から外れた音は自然倍音列の高次な方でも出て来るので、実際には誰もが無意識レベルに微分音は聴いた事がある筈ですが、音律の支配感が強い為脳の補正が働いて無意識に聴いてしまっている人も多いかと思います。今回語るのは微分音に対して意識を高めよとかそういう事を言うつもりは毛頭ありません。微分音が齎す不思議な作用だけでも知っておくだけで興味深い事が判ったり、音響的な効果や和声的追究の意味でも役立つ事が多いのではないかと思い、取り敢えずは知っておくだけでも損はないだろうという事でこうして語っているワケです。


02OngakuZukan_RS.jpg 私がポピュラーな方面の音楽で最初に微分音というのを強く意識させられた曲は、ジャコ・パストリアスの「トレイシーの肖像」に依る高次のナチュラル・ハーモニクスを用いた演奏と、坂本龍一の当時の日本生命販促用の非売品アルバム「Life in Japan」収録の「夜のガスパール」(※現在では他のベスト系アルバムで入手可能)のBパターンでの音響的な白玉和音でしたでしょうか。こうした実例が当時の私が遭遇した経験でありました。時期的には「Life in Japan」というのはアルバム「音楽図鑑」の制作時期とダブるはずなので、概ねその辺りの時代だという事をご理解ください。このブログ記事の投稿時からは29年前の事となるのですね。ほぼ30年と言って差し支えないかもしれませんが(笑)。


01RS_LifeinJapan.jpg 現在はNHKのEテレで坂本龍一のスコラ音楽の学校をやっている時期でもありますから、そうした時期に合わせて今回は坂本龍一の「夜のガスパール」を例に挙げてみようかと思います。「夜のガスパール」に用いられている微分音というのはBパターンに現れる独特の卒倒感のあるきらびやかな和音の事でありますが、結論から言えばこの和音の一部には四分音が使われています。

 四分音という事は半音の更に半分、という事を意味しますので、ピアノの鍵盤で言えばミとファの間やシとドの間に丁度半分の音がある様なモノだと理解していただければ良いかと思います。


 先述した様に、微分音というのはそれ単体で使うよりも従来の和声的な枠組みである音律という確固たる基準のある音響空間と「併せて」使う事で効果が増大します。つまり、従来の音律の「ドミソ」に何らかの微分音を加えれば、その与え方次第ではとても興味深い微分音を用いた和音を鳴らす事ができるという事を意味します。


 例えば次の譜例の上声部であるト音記号部分は「夜のガスパール」の独特な卒倒感のある和音を示しています。一部オクターヴ重複しておりますが、興味の或る方は上声部だけを弾かれても原曲をご存知でない方でも判るかと思います。
03RS_Gaspard_de_la_nuit.jpg

 翻って下声部ヘ音記号の方はベース音とフレーズ・サンプリング音に依る「部分音」の抜粋であり、これら下声部と上声部を併せて弾く事で坂本龍一の「夜のガスパール」の特徴的な和声の全貌を耳にする事ができるのですが、「全貌」とはいえ、この和声が示しているのは、「夜のガスパール」の当該部というのはBパターンの4小節毎のシークエンスでの3小節目2拍目に弾かれる部分でありますので、下声部のフレーズ・サンプリングの抜粋は、スネアの器楽的な部分音であるD音も含んでいるので、その「拍」部分の全貌であり、曲全ての全貌ではありませんので、そういう意味で使っている言葉だという事は予めご理解いただきたいな、と(笑)。


 微分音表記に慣れていない方からすれば面食らうかもしれませんが、次の様な注釈があれば理解しやすいと思います。「♭」が線対称でインバートした記号が実際の♭よりも50セント高い音なのだという事を示しております。つまり便宜的にここでは調号に微分音を与えている譜例の最低音を「Ases」とドイツ流に表記しますが、実際には「Ases」と表記したならば通常の平均律の空間では「A♭♭」の意味の事なのでそれは「G」と同様なのですが、微分音を扱う時の「Ases」という読みは、四分音を意味したモノとご理解ください。「Aseses」としたら微分音の場合は八分音を示すという事も同様です。私のブログでは前後の文脈に微分音を扱っていない時以外ではこうしたドイツ語読みは統一しておりますのであらためてご注意いただきたいのですが、平均律の音空間のそれと混同しない様に、一般の方は注意が必要という事です。

 加えて、最初の譜例と変化記号の与え方が異なるのは、和声を一望した時の表記と、それとは別の異なる角度からの表記として異なる表記にならざるを得なかったのでその辺りも混同されぬようご理解を。


 ハナシを戻して、今度はカタカナの「キ」の様な記号の場合は「#」よりも50セント低いという事を示しております。


 つまり、こうした注釈を元にしてもう少し判りやすく表記すると、Aaugというコードの3つの構成音夫々が各50セント低い増三和音に加えて、G音が最低音となるC7(C、E、G、B♭)に加えてBマイナー(B、D、F#)が付加されているという、計10声の多調和音という事が判ります。
04RS_Gaspard_de_la_nuitRS.jpg


 C7とBマイナー・トライアドとの混合は確かにBナポリタン・マイナー・スケールを導くモノの、この音列はもはや複調の断片同士で混合されている所から生じたヘプタトニックだと思った方がイイので、徒にBナポリタン・マイナーをモードスケールとして強固に堅持するよりも複調由来にした方が可能性は多岐に渡るのではないかという配慮から、私はココでは敢えて、Bナポリタン・マイナー由来ではない複調由来がC7とBマイナー・トライアドだという風に語っておくことにします。つまりBナポリタン・マイナー・スケールのダイアトニック(=全音階)に依る総和音という事ではないという風に片付けるという事です。
05RS_BNeapolitanMinor.jpg

 余談ですが、ナポリタン(=Neapolitan)というのはイタリアをよく表す時のナポリの六度とかそのナポリタンのNeapolitanの事です。

 で、ハナシを戻して、複調由来のC7+Bマイナー・トライアドに加えて、微分音の世界のAaugの50セント低い増三和音が混ざっている10声の和声なのだという事があらためてお判りいただけるかと思うのですが、重要な事は一番最初に表した譜例の上声部だけで十分な理解ですので、こうした音響的な和音もあるのだという事をあらためて知っておいていただきたいと思います。

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