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トコトン徒にこねくり回します [飛び道具]

 新年あけましておめでとうございます。今年も楽理的&器楽的な方面の話題を悉く語って行く予定ですのでお付き合いの程宜しくお願い致します。


 扨て前回のブログは旧年2012年発売の新譜アルバムのランキングを行ったワケでありますが、あの様なランキング形式の際は私のブログでも楽理的な側面は抜きにして寸評で済ませる事が例年のランキングですのであらためてご理解いただきたいな、と(笑)。

 然し乍ら、左近治のブログの文章はなぜこうも長いのか!?と思われる方が多いかと私自身感じていますが(笑)、推敲作業を省いている為に読みにくい所に加えて難解な方面を語るという悪循環(笑)。まあ、こうして冗談と思っていただけると有り難いのですが、音楽という物を器楽的経験と楽理的側面の双方から語るという事は、私にとって音楽の本質を語る事なので、其処は絶対に避けて通れない所なのでついつい力が入ってしまうのであります。


 ボキャブラリー豊富で文才に秀でていて言葉巧みに語ろうと、私自身思う事はあります(笑)。但し、その読みやすさや理解しやすさがあったとしても、本質が抜け落ちていたり皮相浅薄な側面の解釈に留まっているだけの音楽への分析などとてもよく見受けるモノでありまして、私はその手の類の様な物だけにはしたくないという思いがあります。

 言葉巧みに形容詞やらを羅列しようとも、そんな言葉巧みに生まれた文章から本質にピントが合う事は絶対に無いと断言します。本質への分析があれば理解するに相応しいでしょうが、本質を捉えきれないが故に、そんな弱点を見抜かれたくないが故の語彙の羅列で言葉を濁したり、大した事を述べていないにも関わらず迂回路の先々で大層な言葉を羅列した官僚言葉よろしく、本質への理解とは全く趣きが異なる「文才」を発揮して、あたかも立派に音楽を分析したかの様に語る事など、誰もがあたかも本質をネットにて語る事が出来る世の中なんですね。


 音楽というのは、本質的な部分を心底理解する為には「音」でしか無いのです。言葉ではないのです。言葉が音に置換された能力を有するならば譜面もいらず音名を言うだけで音を判別していただけるでしょうが、多くの人がこうした能力を備えているとは思えません。判断するのが「音」だとしてもその過程での「説明」が必要な事はあります。ただ、その説明に於いて「言葉に酔いしれる」類の語法など不要だと私は思っております。

 勿論、音楽の深みを知れば知る程難解な側面に遭遇するワケで、判りやすい言葉で説明されれば理解が進むのは当然ですが、言葉に酔いしれたいから音楽を「ついで」に覚える様に作用してもらっても困るワケです。私がこれほどブログに文章を連ねようとも文学的な語法に遭遇する事など無いのでありまして無駄足かもしれませんが(笑)、ソコをガマンしてまで苦悶の表情を浮かべ乍ら、音楽を理解する事はこれほど骨が折れるものなのか!?とか、コイツ、唯単に馬鹿だろ。とか揶揄されてもやむなしですが、音楽の難解な方面を語っているが故の事なので、多少なりとも目をつぶっていただきたい所はあるかな、と私自身思うことがあります。


 そんなワケで私は、音楽という物を形容する際に、主観でしか捉える事のない語彙を言葉巧みに並べただけの胡散臭い手法を採らないからこそ、こうして駄文を連ねるのだとご理解いただけると助かります(笑)。本質を感覚的な主観でしか見ないという事は、本質を決して凝視する事ではありませんので、表現そのものは判りやすかろうとも難解な音楽の側面をこうして語っているのだという事だけはご理解のほど宜しくお願い致します。


 というワケで新年早々私は初音ミクを使ったデモを用意する事になるのですが、コレには私の意図があります。その意図とは、初音ミクという食い付きやすい動機からバイトーナル和音を服毒させてしまおうという試みです(笑)。

 とはいえ、そんなバイトーナル和音を用いた私の曲とやらも、徒に難解に難解を重ね練り上げただけの和音を用いただけの事で、曲そのものの質に本気で向き合って欲しいとは微塵も思っておりませんし、寧ろ小馬鹿にした感じで和音の方を追っかけていただきたいのであります。

 少しでもコード進行の方に興味のある方は、今回の曲をそのまんま聞き流さずに、自身の得意な楽器や好む楽器の音色を用いて後述のコード進行を「ゆっくりと」進行させていってみて下さい。ヴォイシングまでは載せる事をしないのは、厳しく鋭い和音の集積であろうとも進行させる事で見えて来る美しさが必ず判るかと思いますので、お試しいただければなと思います。

 
 そもそも初音ミクを用いて楽曲を作ろうとは微塵も思っておらず、先日年末に走っていたら、とある理美容室はアチコチ大変そうで、理容室でも女性の剃髪はおろか顔剃り(産毛&ムダ毛処理用)を結構大々的に宣伝していたモノでしたから、和服大好きな私は私は走り乍ら「着物の着付けやら化粧やら項の手入れやら大変だろーなー」などと思っていたら、ふと歌詞とメロディが浮かんだのでありまして、今回のデモ曲の冒頭の歌詞は先週走り乍ら浮かんだ一節なのであります。


 まあ、そんな訳で今度はコードの方の解説を交え乍ら語る事にしますので、譜例と後述を参考にしていただきたいと思います。

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 F#m9 -> C#m/F△ (※情緒が判りづらい場合は上と下を倒置させる事も理解が進む手段のひとつ)-> CM7aug (on D) -> DdimM7 (on F) -> C△/D♭△ (※メロディF音の掛留が無ければC#mM7(#11)という解釈も可能) -> F#mM9 -> E♭m69 -> G#△/A△(上声部の長三和音の3度音はあくまでもHis=B#)-> E♭m9 (♭5) -> G#7 (♭9)

 Cm7 (on F) (※Fm11=マイナー11th表記は7thと9thを包含している表記です)にしないのは直前のG#がA♭として掛留させないという理由でこの形式で使うのであります)-> G♭M9 -> A♭M7 -> Fm7 (on B♭) -> Cm7 (on F) -> G♭M9 -> E7 (#11) -> C7/A7

A♭M7aug -> F#m9 -> A♭△/B♭△ -> Cm7 (on F) -> G♭M7aug (on A♭) -> F△/E♭△ -> C#△/Daug (※F#M9の下にD音がある様な和音とも言えます)




 とまあ、先にコード進行だけ列挙しましたが、Aパターンの2つ目のコードはドゥアモル和音です。エルネ・レンドヴァイ著の「バルトークの作曲技法」でも紹介されている和音です。各構成音の半音隣に隣接している和音ですね。ペレアス和音も互いに半音で隣接し合っているのですが、ドゥアモルの半音の隣接は1箇所だけ違うので、ペレアス和音の様に平行関係の隣接とは少し違うので注意です。

 このドゥアモル和音は、メロディのG#音が掛留となって接続しています。仮にココでG#音を用いずに上声部にはC#音とE音のみを残して、下声部のFメジャー・トライアドと合成させると、結果的にFM7に♭13thを付加させた音として認識可能となります。

 メジャー7thコードに♭13thを付加するのは、スティーリー・ダンの「Green Earrings」の中盤の三部構成のギター・ソロの第一部の冒頭が顕著で、ウォルター・ベッカーの「Three Picture Deal」でも2ndコーラスのサビの最後の方に同様のアプローチを確認する事ができます。つまり、メジャー7th上で生ずる♭13thというのは確かに混合長旋法であるハーモニック・メジャーというモードを想起する事でも遭遇する和音ですが、バイトーナル和音の断片として見立てた場合、今回の様にドゥアモル和音の断片として見立てる事も可能なのです。


 ドゥアモル和音の響きがあまり理解できない人は、先述にも明記した様に、上と下を倒置、つまり分子と分母を入れ替えて弾いてみましょう。そうする事で対比が明確になり和音全体の構成音を掴む事がスムーズになると思います。下から「G#、C#、E、F、A、C」と弾くと情緒が掴みやすいと思います。

 Aパターンの3つ目のコードは、メロディック・マイナー・モードを想起し得るタイプの、オーギュメンテッド・メジャー7thに対しての2度ベース(=2ndベース)の使い方です。アジムスの「A Presa」でのFマイナー・キーでの「Fm9 -> A♭M7aug (on B♭)」というコード進行が代表的な例でしょうか。通常マイナー・キーに於いてドリアンを充てて代用する時の王道のコード進行は「Im -> IV7」か「Im -> Im/IV」というタイプですが、アジムスの方ではコレにヒネリを加えているワケですね。


 Aパターンの4つ目のコードはDディミニッシュ・トライアドに長七度を付加させた和音に対しての3度ベースの形です。

 Aパターン5つ目のコードは、これはもう紛れも無くペレアス和音の形です。

 
 Aパターン5小節目のコードはF#マイナー・メジャー9thなので注意です。F#マイナー・トライアドに対して長七&長九度の和音です。ナンタラmM9という事は七度を包含している事を示唆しますが、その際包含している音は「長七」なのでお間違いの無い様に。


 
 ココまでが最初の4小節の一連のコード進行なのですが、私が今回最も注力しているのはこの4小節です(笑)。ただ、この初音ミクを用いたデモの方に生き様を見せる様な注力などしておらず、寧ろ徒にこねくり回したアレンジに失笑を買う様に作ってあるので、デモについては笑っていただきたい所なのでありますが、コード進行部分に於いては各自抜粋してご自身で弾いていただきたいと思います。特に最初の4小節には「なぜこういう和声の流れにしたのか!?」という動きが自ずと判りますので、複雑な和声の連結であろうともその繋がり具合を是非吟味していただきたいと思うのと同時に、これほどの厳しい和声の連結であろうとも美しさを見付けて欲しいと思わんばかりです。


 Aパターン7小節目はハーフ・ディミニッシュに長九度音が付加されていると思えば宜しいでしょう。チャーチ・モード上で生ずるハーフ・ディミニッシュに九度を積むと短九度となりますが、長九度という事は概ねメロディック・マイナー・モードを代表的に挙げる事ができて、非チャーチ・モードのコードだという事は自ずと判ります。


 Bパターンでは特に注意すべきコードは無いのですが、強いて言えば冒頭の「Cm7 (on F)」というのは、おそらく大半の人は「Fm9 (11)」の形式で進めたいと思うでしょうが、直前のAパターン8小節目のコードでのG#音を掛留させる事になるので、敢えて「抜く」のです。進行でもなく暗喩に留めるのがオシャレなのですね(笑)。どうしてもFm9(11)の響きを演出したいのであればBパターン3小節目で「ガメる」のも手かもしれませんが、バレバレなので面白くないと思いますよ。クサくなります(笑)。

 亦、Bパターンの最後では平行調同士の属七を複合させております。これは両者の根音を夫々オミットすると減七の体が現れるのでお判りになるかと思いますが、平行調同士という事は平行長調と平行短調それぞれの属七を使っている、という意味です。CメジャーとAマイナーのキーならばG7とE7を使うのと同様ですね。これはなぜそうした複合表記なのかというと、母体のA7主体表記だと和声的に♭9thと#9thの両方を使っているという矛盾した表記になるからです。表記が矛盾するからといってそこに尻込みする事なく用いているという例であります。他の楽曲にて和声的にドミナント7th上で♭9thと#9thの併存が見られた場合はこういう事だと思って差し支えないでしょう。


 Cパターンで注意すべきコードは最後の「C#△/Daug」ですが、これはD音を省くとF#M9というコードになります。つまりその和音に対して♭VIの音をベースにしているとも考える事ができますが、先のコード表記の様に解釈していた方が和音の解釈としては無難だと私は思います。もうひとつの見方としてはDオーギュメンテッド・トライアドに対して長七、増九、増十一の和音と見立てると、とっても微笑ましい音になるのですね。見立てとしては先述の方が判りやすいと思います。後者は次の発展を孕んでおりますね。


 とまあ、こうして音を徒に弄りまくったコード進行にしてしまいましたが、過去に私がウォルター・ベッカーの特徴的なコードを話題にする様になって以降で述べていた和音の事も含め、今回こうして集約させているのであらためてご理解いただけると幸いです。初音ミクという食い付きやすい素材で敢えてこうして歪曲させてみました。何度も言う様ですが、初音ミクそのものに食い付かないで下さい(笑)。



【補足】※ブログアップ当初には無かった説明を加筆します。


 次に見られる譜例は、先のデモのBパターン部を抜粋したモノです。デモをお聴きになればお判りになるように、譜例の1~3段目は、サブメロディとしてのデジアナ系リード音を音符に表したモノですが、このシンセ・リードは3つのオシレータを上は1オクターヴ+完全四度上(17半音)とハモらせ、下は完全四度下(5半音)とハモらせている平行の状況を態々譜面に表したモノで、本来ならそうした「ハモり」は無視できる程度の音響的意味合いなので通常なら1段目と3段目は割愛して2段目のみシンセ・リードとして取り扱えば充分だと思いますが、ボーカルの声部と一部ぶつかるように感じるのは、シンセ・リードの完全四度下の音が当たるからであります。


 また、譜例5段目には鍵盤パートを載せておりますが、平行五度の羅列で本来なら赤点のヴォイシングとアレンジです。

 但し、平行五度はなぜそこまで忌避しなくてはならないのか!?というギモンにあらためて回答すると、和音同士の連結の際、完全音程が生ずると、その音程が際立ちすぎるからなのであります。
 加えて、それがゴリゴリのダイアトニックの社会だと更にマズイ事になるワケです。

 言い換えるならば、ノン・ダイアトニック同士の連結で生ずる平行五度というのは、結果的に互いにノン・ダイアトニックの音を用いている時の連結であるならば、調的な社会の枠組みでは逡巡し乍ら「偶々生じた」事になり、こうした平行五度は調性が希薄な中で生じるのであるならば強固に意識されないとヒンデミット自身が述べている様に至極当然の例の一つなのでもあります。但し、今回の私のアレンジに於いてはエクスキューズにも使えないシロモノですので、改めてご容赦ください(笑)。

 更に言えば、複調・多調が生ずるシーンにおける「平行五度」というのも勿論無視できる最たる例の一つに含まれるワケですが、例えが譜例とは全く異なりますが、ニ短調で生ずる変ロの音と嬰ト短調で生ずる嬰ホの音というのは異名同音で見れば両者は「完全五度」に等しい音程差を生じますが、夫々の調は、一方はニ短調の調性をふんだんに取り扱ったフレージングで構築された旋律が成立している所に嬰ト短調のフレーズが重なってきたとします。勿論嬰ト短調の側とて、その調性をふんだんに取り扱ったフレージングで構築されているという、ふたつの調性が重なった時に、偶々併存してしまった「B♭音とE#音」に平行五度として、「強固な響き」として認識してしまうだろうか!?というとコレは違う事が最たる例だと言うことになります。

 つまり、単一の調性を強固に利用している時の完全音程の取り扱いは忌避すべきなのですが、ノン・ダイアトニック同士の連結や複調・多調に於いてはその限りではない、という意味はこういう事なのです。


 但し、今回の左近治の例は、「悪い例」をあからさまに提示しているので、その辺りを区別した上でご理解いただければな、と思います。


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 で、先の鍵盤パートに見られるヴォイシングですが、鍵盤単体で見ればこそ成立させたいヴォイシングやらプレイヤビリティに則ったヴォイシングの実際があるかと思います。平行五度を生じさせずにアレンジを施すと、アカデミックになるのも事実なので、こればかりに尻込みする必要もないかと私は思います。

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