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鏡像音程和音の魅力 [アルバム紹介]

 扨て、これまで幾度となく取り上げているマイナー・メジャー9thコード。これはそれ自身の5th音から生じる各構成音への音程幅が上と下で鏡像を示すシンメトリカルな構造を確認する事ができるという和音でもあるので幾度となく取り上げているのでありますが、シンメトリカルな構造だから総じて興味深い云々という理由ではなく、それ自身の和声的な響きを好むからこそ私は取り上げているのだという事を先ずはご理解いただきたいと思います(笑)。 おそらくや私がマイナー・メジャー9thというコードを最初に耳にしたのは「恋のバカンス」や「キイハンターのテーマ」やらのエンディングのフェルマータ部の和音ではなかろうか!?と思うのでありますが、だからといって当時から「この和音イイよなー」とか猫が木天蓼に心酔するかの様に惚れ込んでいたワケではなく(笑)、マイナー・メジャー9thそのものへの魅力を随所に感じ取る様になったという経験は、私には間違いなくジェフ・ベックのブロウ・バイ・ブロウ収録の「Diamond Dust」を耳にしたを挙げなくてはならないでしょう。02BlowByBlow.jpg

 「ダイヤモンド・ダスト」という曲は、私のブログでは不定期に取り扱う事もあるのですが、この曲の作曲者というのは実はその後のハミングバードの活躍でも知られる事となるバーニー・ホランドに依るモノですが、マックス・ミドルトンやらバーナード・パーディーやらと繰り広げるモノのハミングバードでの演奏でダイヤモンド・ダストの別アレンジを聴く事はできません。但し、YouTubeではSGを手にして自身のプレイに依る「ダイヤモンド・ダスト」を確認する事ができると私がレコメンドした事は記憶に新しいかと思います。


 他方、マイナー・メジャー9thではなく四声の形であるマイナー・メジャー7thという和音はシンメトリカルな構造を得る前に「未熟な」形での四声の体である事に加え、この和音は独立体系として使われる事よりも、トニック・マイナーから半音クリシェとして下行する過程という経過的な使用という認識の方がポピュラーな為、独立体系とした形の利用が進まずにやり過ごされてしまう事の多い和音でもあります。そういう意味でも長七度音を持つ短和音というのは肩身の狭い思いを虐げられてしまっているのかもしれません(笑)。

 そうした和音の使い方は鍵盤奏者ならばチック・コリアの使用例は洗練されている方だと思いますが、ギタリストだともっと洗練された使い方をする人が多い様に感じます。中でもフィル・ミラーの使い方は天才的ですし、フィル・ミラーに近い和声感覚を持つギタリストだと他にパット・メセニーを例に挙げる事もできます。特徴ある和声を特徴的に使うという所も共通した所でしょうか。


 実質的にはゲイリー・バートンとのコラボレーション・アルバムである「Reunion」でのメセニーの和声感覚はとても顕著に表れていると思いますし、中でも「House on the Hill」の和声感覚は特筆すべきモノだと思います。それこそ先述のバーニー・ホランドの「Diamond Dust」の世界観が好きな人なら間違い無く気に入る事でありましょう。Reunion.jpg

 今回あらためてレコメンドした先のアルバムというのは、マイナー・メジャー9thがとても巧妙に導入されている物で、特にメセニーのそれは絶品であると言えますが、マイナー・メジャー9thというコードをポピュラー音楽の中で積極的に導入されている例を耳にする機会は少ないと思います。意外な所で昭和の歌謡界では至る所で耳にする事もできますが、マイナー・キー(=短調)を「ほどよく」中和させるかの様な技法が体系化される様になってきてからは、トニック・マイナーでのマイナー・メジャー9thに依る終止やらは仰々しくなってしまったのか段々減って来てしまったのですね。「中和」という技法というのもマイナーの「ドリアン」化と言っても差し支えありませんし、本来マイナー・キーのサブメディアントは主音から数えて短六度の音程となりますが、これが長六度の音程、つまりマイナー・キーに於けるシャープ・サブメディアント化などの様な世界観に耳慣れる様になったのも「仰々しい」世界から遠ざかる遠因となったのかもしれません。チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番第一楽章の冒頭二つ目の和音と言えば判りやすいでしょうか。奇しくも2013年1-3月期のSMAPの出演するCMにて用いられているので(当該部分はCMで使われていませんが誰もが知っている様な有名曲と思われるので態々取り上げる事は致しません)お判りの方も多い事でしょう。


 余談ですが、メジャー・キー(=長調)のサブメディアントというのは主音から数えた六度は長六度部分の事を「サブメディアント」と呼び、通常ならば長調にはフラット・サブメディアントはあっても(ノン・ダイアトニック=多調の拝借というモノはあっても)シャープ・メディアントは無いのでご注意を。


 扨て本題に戻りマイナー・メジャー9thコードについて今一度語るワケですが、このコードを使えばどんな駄作でも名曲に変わるというワケではありません(笑)。この和音というのは和声的な意味での耳の習熟が浅い人ほど「汚く」聴こえてしまうモノです(笑)。ところが、一定以上に耳や脳が習熟されるとこの和音はとても美しく響きます。おそらくや長和音を基にしたメジャー7thやメジャー9thコードに於いても耳や脳が未習熟の頃というのは汚く聴こえたモノでしょうが、おそらくやマイナー・メジャー9thはそれらよりも耳に鋭く響いてしまう事でしょう。


 何度も語っている事ですが、マイナー・メジャー9thが齎す鏡像音程は、例えばペレアスの和音やドゥアモルの和音やらの和音が包含しているモノであり、こうした集積化された和音への「脈絡」を見出す入り口と形容する事もできるかと思います。

 抑もマイナー・メジャー7thやマイナー・メジャー9thをダイアトニック・コードとして生ずるモードは通常のモードでは現れない為、こうした枠組みを常に強く意識する音楽観というモノが結果的に音楽の聴き方という感覚に対してとても鋭敏になる要因のひとつだと言えるワケですね。

 通常の調的システムに於いては遭遇する事の無い和音の成立があり、そうした和音との遭遇があると今度は別の魅力を生ずるというのも興味深い所で、鏡像的な形式を見て取れる音程の構造が、そうした「化学的」構造とも呼ぶべき「触手」が他の音を捕捉して来るかのように色々な材料を引っ張って来る様な作用が起こる事がとても興味深いとあらためて思うワケです。掃除の作業に置き換えるならばホコリならばなんでも捕捉して来るかのようなツールとかにも似た物なのかもしれません(笑)。

 まあ冗談は扨て置き、調性というモノに対してそれほど「従順」に倣う事なく耳や脳の感覚も音に対して或る一定以上の「平衡状態」を作り出せる様になると、人間の感覚というのは調的システムの「偏重的」な情緒とは異なるシステム体系を選別出来る様になる、と私は声を大にして言いたいワケですね。概ね、調的なシステムにおんぶに抱っこ状態の人達が抱いている音楽の聴き方というモノにこうした高次な音のシステムの発見やら明確な傍証が繰り広げられている現実を見出す事は出来ないと思います。或る意味では、複雑化した音への欲求というのは、調的なシステムを見出す「嗅覚」(※聴覚なので嗅覚という表現もおかしいかもしれませんがあくまでも喩えです)に頼らず、偏重的な聴き方に頼る事のない善悪の分別すら一端公平に裁くかのような行動に置き換える事が可能なのかもしれません。


 耳や脳が集積されぬまま唯単に本ブログ上で用いている語句に引っ張られて読む人もおられるとは思います。複雑な和音や調的システムの外にある様な和音に対して言葉や存在そのものを知ってはいても理解という咀嚼が出来ていない人が多く存在するのは仕方の無い事です。ただ、いずれ音楽の聴き方が自身の感覚の中で熟成されて養われて来ると、その時は亦別の欲求が沸き起こっている事は間違い無いと思います。現時点では心地良く聴く事が出来なくとも、音楽が好きで日常的に聴いていれば5万時間ほど費やされれば少しは磨きがかかって来るようになるかもしれません(笑)。


 でまあ、今回の結論となりますが、ブログ記事タイトルにある通り「鏡像音程」というのはシンメトリカル(=対称性)の構造を持っている事を意味します。この「対称的」と言うのは和音を構成する各音程の音程差にシンメトリカルな構造を見出す事ができるという意味です。そこで今一度思い起こしていただきたいのが、音程幅が等しい「等音程」和音の事です。

 通常の調的社会の枠組みでも減七の和音(短三度等音程)や短三度等音程の断片を含む減三和音が登場します。ところがこの和音は属七の和音として強固に結びつくきらいがあるので、結果的に調的な情緒を引き連れて来てしまうという風に考えて差し支えないでしょう。

 古い枠組みではない短調の扱いとなると短調の三度が増和音化する様に、こうした増三和音の現れで生じる特徴的な音を調的枠組みの中で常用するという秩序こそが、複雑化した和音の足掛かりのひとつと形容する事が言えるかと思います。だからこそオーギュメンテッド・メジャー7thの登場やマイナー・メジャー9thを含有するダイアトニック・コード・システムというのは、それまでの強固な調的システムとは亦別のシステムを呼び起こすモノでありまして、そうした別の調的システムで生まれた側が包含する短三度等音程(=減七和音)を包含するタイプの和音では、五声に積み上げた時には九度の音が長九度となり、ハーフ・ディミニッシュとして使われた音を母体とする九度音の扱いが変わる事で、日常では遭遇しやすい通常の調的システムの九度音(=短九度)となる扱いとは異なる様になるので、こうした所からも通常の調的情緒からは薄れて来ているという事があらためて理解できる事だと思います。


 勿体無い使い方は、マイナー・メジャー9thという和音を、あるドミナント7th由来のオルタード・テンションを含む断片として理解して使ってしまうケースで、こうした使い方を続けて行くと調的な呪縛からなかなか抜けられずに複雑化した和音の情緒をなかなか受け止められなくなるので、最も気を付けなければいけないのはこうした和音の捉え方をしてしまうケースです。意外にもジャズ(体系化された方の)に耳慣れた人が陥りやすい音の捉え方なので注意が是亦必要であります。


timetogether_MichaelFranks.jpg そんなワケで今回は以前にも例に挙げたマイケル・フランクスのアルバム「タイム・トゥゲザー」収録の「Summer In New York」のBパターン部のコード進行を取り上げてみるコトに。

 本曲ではペレアス和音が用いられているので過去にも何度か取り上げておりますが、ペレアス和音というふたつの調性の併存があるという事は、夫々の調性で発生する長三和音同士ばかりでなく、夫々の調性で発生する他の和音同士が長七度離れている状況も考えられる為、私の周辺のローカルなコミュニケーションに於いては「マイナーのペレアス」と言うと、2つの短三和音同士が長七度離れているのだな、という共通理解がある、というコトも以前にチラッと語ったコトがあるのですが、今回はあらためて通常のペレアス和音と「マイナーのペレアス」の両方を確認するコトができるというワケであらためて取り上げるコトにしたのです。

 このアルバムは2011年夏に発売されたものなのですが、敢えて私はコード進行まで披露するコトが無かったのは、ペレアス和音というモノへ心底追究している人こそが自分自身の手に依ってあらためて確認する作業の方が重要であるため、ただ単に私がレコメンドした程度で多調和音のひとつである形式を皮相的に理解してほしくないという思いもあって、コード進行だけを易々と語るようなコトだけは、この曲には当時からしたくなかったのでありますな。知りたい情報が右も左も楽理すら理解できていない様な輩が易々とペレアス和音をのんべんたらりんと聴いてしまうようなことだけは避けたかったので、当時はそうした理由から語らなかったのですが、現在ではもう時間はある程度経過している為、こうしたレコメンドもそろそろかな、というキモチから改めて取り上げることにしたというワケですね。

 コード譜の方は当該曲のBパターン部分ですが、ペレアス和音はB△/C△という風に表しているのでお判りかと思いますが、この和音上でマイケル・フランクス自身はA#音を唄っているので、C△にBM7を想起した様に和声をイメージされる方が理解が早いでしょう。そして、最後のBbmM9(#11)という「便宜的」な表記こそが「マイナーのペレアス」という、ふたつの短三和音が長七度セパレート状態のバイトーナル和音というコトを指し示すモノであります。
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 原曲をお持ちでない方はこれを機会に手にとって耳にするのをオススメします。今回のこうした提示に依って、先のLifesignsでの取り上げ方もあらためて理解が増すのではないかと思います。

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