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遅延でスポイルされる音 [サウンド解析]

 扨て、今回はスラップ・ディレイ(=ショート・ディレイ)を例に挙げ乍ら、それに伴う音のスポイルという実際を語って行こうと思います。


 音楽を聴く時、やはり自分の弾く楽器はあらゆる角度から最も注目してしまいますし、それだけに注力されない様に自分に良い聞かせ乍ら聴く事もあります。自分の楽器でなくとも演奏技術や楽器固有のキャラクターに依る音色や時にはエフェクトなど、楽音とは色んなファクターから生じている多様な音から構築されているモノで、あらためて注目するコトでそんな感慨深い側面を理解できるモノです。


 耳に届かなかった音波というのは結果的にスポイルされてしまった音であり、音というソースに対して、聴き手ひとりひとりの耳に届いている音が実は違うのも音の興味深い点でしょう。CDというソースそのものは同一だとしても再生装置は各自違いますし、再生装置から耳への距離というのも違います。「大枠」こそが万人の共通理解であり、細かな点となると千差万別なのでありますね。但し、楽音という物は可聴帯域にまんべんなく満ち溢れたホワイト・ノイズではなく、器楽的な意味で均質化されて楽音というスペクトラムを形成しているシンプルな体系でありましょうから、そのシンプルさ故にどこかがスポイルされてしまったり異なる音には認知しやすいのだろうとも思います。勿論中には錯覚もありますが、楽音という律されたシンプルな音響の組成は違いを見出すには比較的容易なモノなのかもしれません。ノイズという物と比較した場合ですけどね(笑)。


 扨て、ミキシング・コンソールに搭載されている位相反転スイッチという物の重要性をあまりよく認識されていない人が居たりしますが、位相反転によるメリットをあまり大きく感じていない人がそういう罠に陥ってしまうと思います。単体の音色キャラクターへの音の拘りを追究しても、その拘りを他にも幾重にも重ねた場合、それをアンサンブルにした時総じて良い音になっているのかというとそうではなく、寧ろスポイルされた音が生じて来てしまって全体の音が悪くなるコトがしばしばです。


 特にデジタル音源(サンプリング・ライブラリも含)の場合、キー・オン時から波形スタートが揃っている事が多いので、仮にそれが数十サンプル長程度の僅かな時間であっても、低い周波数帯に大きな影響を及ぼさない程度のモノなので、そうした音が重なった時、波形の「谷」が生じているカーブが他のソースの「山」と相殺するような状態を多く作り出しかねないので、それを避けるためにソースを幾重にも重ねる時程位相反転スイッチというのは極力使いこなさなければいけないのであります。


 実はこうした指摘は細野晴臣がプリプロ黎明期とも呼べるような、イミュレーター導入期の頃からこうした指摘をされていたのが非常に興味深い事なのでありまして、今やDAW打ち込みが当たり前の現在でもそうした声には耳を傾けなければならないとあらためて思うことしきりなワケです。


 「山」と「谷」が相殺し合うってどういうコトなのか!?というコトも踏まえて続けて語って行きますが、位相反転に伴うメリットというのはXLRケーブルは勿論、ライヴ録音の際は敢えて客席に向かってマイク収音しておいて、客席の煩わしい雑音を後ほど位相反転で消してみたり、敢えてノイズのソースとして「プリント」設定させてそれをデジタル処理で打ち消し合ったりと、忌み嫌うノイズですらノイズのソースとして意図的に録音しているコトもあるワケです。どんな技術を以てしても消せぬような、自身の声を後世に遺したいが為の「ブラボー」を連発する様な酷い客も中には居たりしますが、こういう人は社会的な側面から位相反転しなくてはいけない人なのかもしれません(笑)。


 ドラム・キットの場合、マイクの立っている数はかなり多い物でして、ある特定のソースを狙って収音していても他の音を拾ってしまう事など当然の様に起こっています。それらの音から混ざり合って耳に届いた音がドラム・キットの音だと割り切って、ある意味ではトータルな音作りをしなくてはいけないモノなのですが、概ねオーバーヘッド類やルームマイク系で低域をバッサリ切っているのは、各キットのパーツの位相反転だけでは処理しきれない低周波&定在波対策の為でもあったりするのです。しかしオーバーヘッドやルームマイクは僅かな遅延差を生じているので、そうした遅延差から生じる影響を及ぼす周波数帯を視野に入れたモノであって、仮にそうした視野に入れた低域の周波数帯の「山」が原音の「山」と重なってしまった場合不必要な低域を膨らませてしまうコトになるからこそカットしているワケですね。


 また、僅かな遅延が原音と偶々「山と谷」として相殺し合った場合、音は打ち消されてしまいます。これが音のスポイルなワケですね。音という物は集まれば集まる程、強調し合う山もあれば相殺し合う山と谷も生じるのだというコトをあらためて知っていただくと良いかもしれません。亦、僅かな遅延差に依る「相殺」は概ね低音をスポイルするモノでもあったりするのです。


 ドラムではスラップ・ディレイとかギターでもあったりすると思いますが、原音のミックス具合にもよりますが「ポコスカ」感が出て来ると言いますか、即ち、低音がスキッ!と抜けた感じの音になったりするのは「相殺」が生じていたりするからなんですね。


 ベースではあまり馴染みが薄いかもしれませんが、スラップ・ベースのスラップ・ディレイというのも過去にはあったりしましたが、低域のスポイル感が大きく低音の鳴りそのものをあまり感じる事ができず広く普及する事はありませんでしたが、そういう録音が実際にはリリースされていたモノでした。

 
 スラップ・ベース全盛の時代、色んな試行錯誤の上で、ベースというのは低音からの下支えというよりも華やかにフロントにも目立って来る飛び道具要素としても取り上げられていたコトがあったもので、エフェクト漬けにされていた時代もあったという時代の録音物でありました(笑)。それがシャカタクのキーボード奏者ビル・シャープのソロ・アルバム「Famous People」(放題:「プルー・シャープ」)に収録されている曲で、今回取り上げる事に。
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 先のアルバム「Famous People」はレコードとCDでは収録曲数と収録の曲順が違うという、レコードでは収録しきれないCDのプレミア感と、CDが全く普及していない時代のレコードユーザーの為の配慮という双方の難しい側面への配慮が齎した結果、このような録音メディアによって違いが生じていたという象徴的なアルバムなのですが、レコード収録の方だとB面ラス前&ラストの曲「Washed Away」と「Fairweather GIrl」という曲がスラップ・ベースにてスラップ・ディレイを用いている曲なのであります。私は他の曲にてピノ・パラディーノが参加しているコトで、それ目的で買っていたのですが、のちほどクレジットを載せておきますので興味のある方はそちらもご確認ください(笑)。

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 では、本アルバム収録の「Washed Away」を例にしてスラップ・ディレイを検証してみますが、こちらのスラップ・ベースに施されているスラップ・ベースは完全なショート・ディレイによる「ダブリング」であり、ディレイ音側ではローカットやらの類もなくディレイに依るダブリングを終始強調しているのが顕著な例でありまして、ここまでベースを終始ダブリングするのは珍しい手法であると言えるでしょう。実はこれと全く同じ処理が「Fairweather Girl」でも施されているのですが、「Fairwheather Girl」の方が物理的なテンポは「Washed Away」よりも遅いので、ダブリングというスラップ・ディレイの効果は「Washed Away」よりも大きいと思いますが、その理由は後述の検証で自ずとお判りになるでありましょう。


 扨て、「Washed Away」のベースは「終始」ベースがダブリングと記述しましたが、実際には曲途中のブラスとのユニゾン・ブリッジ・フレーズではフィンガー・プレイに切り替わり、その部分だけディレイはオフになります。
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 事前準備は扨て置き本題に入りますが、抑も遅延による「スポイル」というのはどういうコトなのか!?という側面をキッチリと分析するコトにしましょう。次の図からもお判りになるように、これが音波だとするとこれは音波の1周期を示している事になります。山と谷が1セットで1周期ですから、これが1秒間に1000セットあれば1kHzというコトになるワケですね。
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 次の図は、先ほどの図の逆相のパターンも下部分に示しておりますが、逆相というのは先の周期の「半周期」ズレた構造となっているのがお判りになると思います。位相を反転させなくとも1kHzの音同士を半周期ズラしたら結果的に位相反転と同様の相殺が起こる事となります。半周期というのはサンプルレート周波数として置き換える事も可能です。
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 即ち次のようなコトが言えるワケです。


 遅延とは=影響を及ぼす周波数の半周期=半周期の倍の周波数


 「Washed Away」のベースのスラップ・ディレイは1595サンプル長(44100Hzサンプルレート周波数にて)ですので、遅延は27.6489028msec≒27.65ミリ秒として起こるワケです。この遅延時間が「スポイル」する音になるには、倍の遅延時間が1サイクルとする周波数が影響を及ぼす事になるので、1秒間でその1周期割ると影響される周波数は「72.3356Hz」という風に周波数がはじき出されます。


 遅延が仮に「1ミリ秒」だった場合、影響を及ぼす(スポイルされる方の)周波数は2kHzとなるワケです。


 「Washed Away」のコンサート・ピッチは440Hzで演奏されているので、先の影響を及ぼす72.3356HzというのはE音より8分音ほど低いEseses音とも呼べる音で平均律から幸いにも外れている音に相当する周波数なのですが、実際には楽音からズレているとはいえど影響を及ぼすモノです。


 但し、これが完全にモノラルの場合は周波数は完全にスポイルされますが、この曲では左chが原音、右chがディレイ音という風にパンを振っているため、完全に消失するコトなく、うわべの部分だけ低音が軽く聴こえる様なギミックになっているのであります。


 影響を及ぼす周波数は先の周波数だけではなく、先の周波数に共鳴するであろう、その周波数を仮の基音と見立てた場合、少なくとも聴感上、6倍音に相当する周波数辺りは大きく影響を及ぼす事が考えられます。

 6次倍音までを大きなファクターと捉えているのは、共鳴構造として6倍音までは長三和音を生じてしまう共鳴構造だからです。仮の倍音列として見立てると次の様になります。


◇72.3356Hz
◇144.6712Hz
◇217.0068Hz
◇289.3424Hz
◇434.0136Hz
◇506.3492Hz


 この様に共鳴作用を及ぼす方まで視野を広げると音作りに於いてもあらためて興味深い事実がお判りになるかと思いますが、遅延というのは位相差でもあるので、位相の差が遅延になるというコトも念頭に置くべきコトでもあります。

 我々の耳が方角を認識できるのは、同一ソースから発せられた音が左右の耳の僅かな遅延差(位相差)を知覚するから他ならないのでありまして、Retinaディスプレイの画素数ひとつひとつに相当するカメラがあったとして、それで撮られた映像を、画素ひとつひとつが画素毎の位相差を再生可能な装置があったとしたら、その装置で再生されている擬似的な空間はほぼ同一の空間の様に認知してしまうかもしれません(笑)。


 今回はこうして「スポイル」される音に的を絞っておりますが、実際には位相差に依って強調される音も現実には存在します。言い換えれば、遅延に依って生じる特定周波数の音の強調というコトもスポイル同様起こりうる事なのです。コンデンサーを介すると音が変わるのは、電気信号レベルでも僅かな遅延差が周波数ごとに違う遅延が生じていたりするので音質の違いとして表れて来るのであります。


 というワケで、遅延による音へのスポイルを生じる例を挙げてみましたが、今回取り上げたビル・シャープのソロ・アルバム「Famous People」を折角なんでこの機会に紹介する事に。

 先述した様に、レコードとCDでは収録曲が違っていたりするのですが、メンバーのクレジット等あらためて掲載しておきますので興味のある方はご確認下さい。このアルバムはやはりピノ・パラディーノに依る曲が私にとっては非常に嬉しいモノでありまして、この様なメロディアスなフレーズを弾くのは他にもマーク・イーガンとか顕著だったりしますが、私はピノ・パラディーノのエグさのある方が好きです(笑)。このアルバムは発売されて久しく再発もされておらず、おそらくは今後も再発される可能性は少ないと思うのですが、80年代を象徴する(日本での)アルバムのひとつでもあると思いますので機会があったら是非耳にしていただきたいアルバムであります。
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